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ろうそく夜をはじめたころのはなし。

喫茶店ろうそく夜をはじめて、この8月28日で丸10年になる。
10歳だった長男は今年で20歳だ。
今年が今年でなかったら、おそらく大きなお祭りを企画していたに違いない。
こころの中では、すでにイメージもあった。
しかしそれは、何せ今年のことなので、10周年の方向性はかわった。
意識を自分に向けた。
いまはこの10年をじっくりと振り返る、よい時間となっている。

ろうそく夜は、店舗を持つ前はイベントに出店していた。
もともとろうそく夜は、友人たちがはじめたオーガニックマーケットに出店する、珈琲とおやつを出す小さな露店だった。
わたしは仕事をしておらず、小さい子どもたちを連れてきまぐれに出店し、これからの生き方をぼんやりと思っていた。

オーガニックマーケット「にこにこ市」は、今ろうそく夜のある東林院の境内で行われていた。

それから程なくして、パートナーのやっちゃんが病気で仕事を辞めてしまったことをきっかけに、自宅で喫茶店としてのろうそく夜がはじまった。

住宅地の中にある、小さな家だったので、家を丸ごと商業用地として申請し直し、飲食店の営業許可をとり、ほぼ家にあるものだけを使って大きなお金をかけずはじめた。

家を丸ごと店に、ということで、住まいは店に乗っ取られた。モノは最小限にへらして、家にいながらキャンプのような暮らし。小さな子ども3人(まだ末っ子はうまれてない)を育てながら、店もしながら、よく生活できていたなあと思う。いちばん散らかすし、いつも賑やかで大変なときだったが、いつも朝からきれいに掃除をしてリセットしていた。それだけでもひと苦労だと思っていた。
店が休みの日はあっというまに部屋はぐちゃぐちゃに散らかった。
でも子どもたちが安心してリラックスできる家でもありたいし、生活感のない美しい店でもありたい。
いつもいつも、その折り合いを考えながら暮らしていた。

今だから言えるがあのころはまだ、お客さんも多くなく、店だけで生活できるようなことはなかった。
やっちゃんはワカメ漁やコンビニにアルバイトに行きながら、店のサポートをしてくれた。お金のことが原因でわりあいケンカにもなった。
夫婦の関係はこのころから真剣に取り組んだ。
パートナーと一緒に働くことは楽しくもあったが、価値観のすり合わせがほんとうに大変だった。もともと違う価値観を持った2人なのだから、ぶつかっても、理解しあうためにはどのような距離感や言葉遣いと氣づかいが、より良い関係を作り出せるのかと、いつも考えていた。
そしてそれは子どもたちとの関係でも、同じように大切で、いつも向き合ってきた。
家族の関係がそのまま店のもつ雰囲気にも直結するので、それは切実な課題だった。
よい店にする=わたし自身のあり方をつねに更新しつづけ、よりよい方を目指す、ことだった。

家が店というのはそういうことだった。
今振り返ると、すごい時間だった。あのころがいちばん家族が濃密だったし、学びが多かったと思うが、もう今はあのころには戻りたいとは思わない。
あのころだったから、やりきることができた。はじめから用意されていたわたしのシナリオだったのだと思う。
いや、むしろその経験がしたかったがために、家を店にする選択をしたともいえる。今だから。

信じられないくらいお金もなかったし、夫婦でケンカもし、子どたちにもよく怒っていたような未熟な時期だったと思うけど、わたしの人生の中では宝物の時間だったと間違いなく言える。


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スキスキスキスキ〜❣️
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お寺の境内のすみっこにある、小さな小さな喫茶店「ろうそく夜」店主。4人の子どもをもつ母ちゃんもやっている。 しごとも暮らしも子育てもムリなくたのしむ、自分をいきいき生きるためのワークやおはなし会も主催する。

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