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あたらしい時代を生きる子ども

コロナちゃん騒動のおやすみ中、世間の子どもたちはどのように過ごしているのでしょう。うちの17歳と13歳は、ゆるやかに昼夜逆転しています。

夜になると、もぞもぞ活動して、昼間は15時くらいまで寝てるんじゃないだろか。もぞもぞの活動は主にスマホやタブレットで動画、ゲーム、LINE、映画、かな。

晩ごはんの時間になると、そこで奇跡的に家族みんな揃って食べられる日もあり。「今日はじめてのメシじゃ」とか言っている。

17歳は原付に乗って、友だちの家に行ったり、ちょっとした買い物には行くけど、13歳のほうはほぼ家から出ていない。わたしが夕方帰ると「今日まだベッドから降りてない」なんて言っている時もある。

少し前までの自分だったらこの状況をどう見ただろう。たとえば「親が働いているのに家で一日中自堕落な生活して〜!もう、キ〜!!」とか「この若い時間を無駄にせずに、なんか作ったり生み出したりしたらあ〜!?」とか興奮ぎみに言い放ったりしていたような氣がします。。

実際、次男の中学時代、不登校で家にいた時は、まだわたしももやもやしていて、不安からの怒りがあった。行かないなら行かないで、何かやれや💢って。  

親のわたしは、安心したかったんだと思う。つまり子どもを信じてなかったということ。

このまま学校に行かなくて、社会生活がやっていけるのか、とか、ひとつも勉強しないで大人になって大丈夫なのか、とか、今思うとほんっとに無意味というか根拠のない不安で自分を満たしていたなぁ〜!って、自分を抱きしめてあげたくなる。

今の子どもたちの生活(学校に行かず家にいるという状態)をどう捉えるかで、子どもとの会話も、関係性も変わってくる。

それはつまり、心配と不安のエネルギーを送ると、子どもには「自分は何も出来ない存在だ」というメッセージが送られることになるし、どんなあなたでも存在してることが嬉しいというメッセージが伝われば、子どもは安心してここに居られる。

わたしは、無条件に愛されるということを、どんなわたしでもここに居てよし!ということを、わたし自身が渇望していたなあと親になってから氣づいた。

子どもたちは大人がいらぬ不安を投げかけたりしなくても、自分のことはちゃんっとわかっている。ちゃんと自己一致している。なので安心して、一見自堕落にも見える、のび太くんスタイルを、よしよしって、えーやんって微笑んで見ていたらいいと思えるようになった。それは次男の不登校時代に、彼から教わった子どもの見方だ。

子どもは、自分が何をしていてもゆるされる存在で、どんな状態でも愛されるべき存在だとわかると、ほんっとに世界を信頼してぐんぐんとしなやかに成長しはじめる。

「自分で決めた」ら、ほんとうに自分で進んでいく。

今うちの13歳と17歳も、見え方によってはアレだけど、たとえば氣がむいたら家事全般をぱぱっとこなす。わたしが昼寝をしている間に、洗濯物や部屋の片付けを済ませていたり、食後に洗い物をしてくれる。この「氣が向いたらやる」てのがいいな、とわたしは思っていて、いつもいつもだったり、頼まれて手伝ったりするのではなく、たまに「やろうかな」とおもうところがいい。無理してないし、氣を使っているのでもない。

無理しないと氣を使わないは、これからの時代を生きるうえで欠かせない要素なのでは、とすごく感じている。

新しい時代を生きる子どもからは、学ぶことがまだまだある。








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あたいも大すきです❣️
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お寺の境内のすみっこにある、小さな小さな喫茶店「ろうそく夜」店主。4人の子どもをもつ母ちゃんもやっている。 しごとも暮らしも子育てもムリなくたのしむ、自分をいきいき生きるためのワークやおはなし会も主催する。

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おかあさんの木
おかあさんの木
  • 5本

こちらは4人の子どもたちの子育てから学んだこと、氣づきや思いを書きたいと思います。過去のブログより、忘れずにおきたいことなども掘り起こしてきます。

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