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わたしのまわりの変わりゆく世界 1

時間の感覚が、コロナ前と後では違ってきていると感じるのは私だけだろうか。3月より前が、すでに1年以上前のことのように思える。そして今はいちにち事の感覚が瞬間ごとに景色がちがう。どんどん世界が変化していって、すっかり私は今の世界の住人となっている。以前の世界はもう残像でしかない。

コロナ騒動で、現在のわたしから見える景色は2つに分かれている。一方はこれからの未来が見えなくなった、またはズレた、遅れた、失いそうなことへの心配や不安、そして早く元の生活に戻りたいという想念のようなもの。そしてもうひとつは、待ち望んでいた世界へ行くための追い風が吹いたような感覚。もうコロナ前には戻りたくない。戻りようが無い。あたらしい時代への入り口に立った!という相当前向きな捉え方。

わたし自身は店を休業してからというもの、意外にも、閉めるかどうしようかモヤモヤしていた時よりは落ち着いてきており、それこそじっっっくりと、やりすぎな程自分と向きあう時間を過ごしている。

朝に晩に1時間ほどキャンドルを灯したお風呂で半身浴をし(🕯ロマンチック風呂🛁)、夕食のあとは近所の友とくだらない話しながら1時間くらいあるく。そして夜な夜なの読書。作りたいときにおやつをつくり、すこしおやつ屋さんもしたりして。今まではできないと決めつけていたようなことを、めいいいいっぱい!!!やっています。

自分と向き合うことはこれまでも存分にしてきたつもりだったけど、まだまだ全然やってなかったってことが今になってわかる。ここまで自分に向き合うと、胸の奥に眠っていた根深い感情が後から後から飛び出してきて、オロオロして1週間くらい病みちぎったりもした。でもそれはわたし自身が、大変化をし始めている証拠で、とても素晴らしいことなんだよ、とある人に言ってもらった。


これまでのわたしは、自分で自分の縛りをつくり(制限をかけ)その中で勝手に苦しんだりもがいたりしていた。それは今となってはもう、コントでしかない。笑ってもらってなんぼのやつ。この重々しいネガティブな感情はもう過去の幻。


わたしの住む街はすでに、緊急事態宣言が解除され、経済活動も再開しはじめている感じがあるけれど、わたし自身は今までどおり店を再開することに、まだ戸惑いがある。それは、コロナや世間に対しての不安や心配というよりは、内なる自分が今までどおりのやり方でほんとうにいいの?とずっと問いかけてくるのだ。

何か「今の」わたしからの発信ではじまるろうそく夜の物語は、もうコロナ前とは違うシナリオになった感じがある。いったん最終回にして、登場人物も新たになったストーリーが紡がれるというような。

いちどまっさらな状態にして、ゼロの状態から自分をつくりあげたい。

店のあり方や、運営の仕方も、きっと以前とは違う世界だ。

* * *

では「あたらしい」時代って、たとえばどういうことなんだろう。

わたしが今いちばん感じているのは、「共感」という感情が無くなっていく氣がしている。これからは「個」の時代になるというのはいろんなところで耳にするけど、たとえば、わたしは人と喋っていて「わかるぅ」とか「わたしも同じ〜」なんて言葉をとってもべんりによく使っていた。このごろ、この「わかるぅ」を言うたびに胸がざわっとする。この共感というか同調する感じって、(昭和の)漫画でよく見る、目立つ女子の周りにいるおとりまきの「そうよそうよ!」のやつみたいで、昭和を生きた私にはしっくりきていたが、最近はとっても違和感があるのだ。

そしてこのコロナ騒動で「わかるぅ」や「そうよそうよ!」はわたしの中で死滅した。

ああ、やりきったな、、って。

「わかるぅ」っていう共感の言葉はその場で相手を幾分かは安心させたり、優しさのように見えるが、結局自分はその瞬間その場面だけその相手に同調しただけであって、次にあった時や、互いに変化し成長してしまえば「あいつ何言ってっかわかんねえ」時も絶対やってくる訳で、「わかるぅ」のアピールが大きければ大きい程、相手との関係において、自分の首を絞めることにもなる。感情だけでいえば「自分と似てると思ってたのが、違ってしまった」から嫌いになったりなんかして。

逆に言えば。

相手の言ってることをそもそもはじめっから全然わからなくていい。これからも永遠にわかりあえないでいい。わからないから嫌い、わかるから好きと言うのが以前のあり方だった。

これからはわからなくてもあり、「それがあなたなんだね」「わたしはこうなんだ」って認めあう、受け入れあう、そんな関係づくりがあたらしい世界にはあると思っているのです。それがスタンダード!

恋愛やパートナーシップのあり方、結婚のかたちも家族のかたちも、ほんっとうにそれぞれになっていくと思うし、仕事のあり方教育のあり方何もかもがひとりひとり違うようになれば、必然的に「わかるぅ」なんて同調している方が難しくなってくるよなぁー。

「あの人、ちょっと変わってる」なんていう言葉ももう無いよね。

だから私も、思いこみやこれまでの「あたりまえだったことを」どんどんはずしていって、これからの時代をかろやかにやっていく準備をしているところ。

見えている世界は人それぞれだもんなぁ。コロナちゃんのおかげで、世界はこれまでのカサブタを片っ端から剥がしにかかっているように、わたしには見える。

それぞれが居ごこちがいい世界へ。



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や!もうー嬉し!!
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お寺の境内のすみっこにある、小さな小さな喫茶店「ろうそく夜」店主。4人の子どもをもつ母ちゃんもやっている。 しごとも暮らしも子育てもムリなくたのしむ、自分をいきいき生きるためのワークやおはなし会も主催する。
コメント (2)
じつはわたしも、昨日今日あたり、もう少しお休み延長をしようという瀬戸際でありました。
お風呂も一日三回くらい入ってしもてます笑
誰かにしてあげたかったこと、今は自分にしてあげたい。
やっとすとんと自分に許可がおりたような感じです。
ともよさん、ありがとう💗
ミッチー、こちらこそどうもありがとう
誰かにしてあげたいは自分にしてあげたいってことなのかもね〜
わたしも自分に許可するわ!!
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