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あたまにカミナリがおちてきたような、わたしの中のひそやかな革命(後)


お昼ごはん(ランチ)をお休みしたことによって
そして営業時間も短縮(12時〜16時に)したことによって
めちゃくちゃ時間にゆとりがうまれた。
そもそも朝がとてつもなく穏やかだ。
別の記事にも書いたが、パートナーが転職したので、わたしがやる事が増えたにもかかわらず、朝やるべき家事がすべてゆとりを持っておこなえる。
子どもに早く早くと急かすこともまず無いし、すべての家事を終わらせても椅子に座って珈琲を飲むことができる。

閉店後もそうだ。
お茶を一服飲んでから、ゆっくり後片付けをして、保育園へ迎えに行く。そして翌日の仕入れも、夕ごはんの準備も、ゆったりできる。
庭に水を撒くなんていうことも可能だ。

そして、店の仕込みについても
素晴らしく楽しんででおこなえている。
これまではオープン時間に間に合わせるために焦りまくり、おでこに血管が浮き出ていたと思う。
仕込み中に人が入ってきたりしたら、心ここに在らずで話していた。

いまは鼻歌なんかうたいながら仕込みをしている。これはほんとうに大げさではなく。
朝あれだけゆったりできたわたしは
充分に満たされているので、
自然にそうなれる。
それはおそらく、オープン後お客さんがきてからも、わたしはとってもいい顔をしてるんじゃないかと自負している。
なんだろう、
お昼ごはん(ランチ)を出しているときは
わたしなりにやはり頑張っていたんではないかと思う。
今日の売り上げのために頑張っていたというのもあるし
頑張らないのが売りだといいながらも
わたし、実は頑張り屋さんだったのだ。
ランチを求められているのがわかっているから、それに応えなければっていう思いもあったし。

そしてお昼ごはん(ランチな)を出すことはろうそく夜オープン時からあたりまえにやっていたこと過ぎて、もうレギュラーメンバーだったから、彼(彼女?)をまさかレギュラーから外すことになるとは、ちょっとやっぱり考え難いことだった。
(忙しくなりそうなときにはランチお休みしますって感じで、休んだりはちょこちょこさせていただいた。)

しかし
お昼ごはん(ランチ)おやすみ中でも、ろうそく夜にお茶をしにと、いらしてくれるお客さんが
ろうそく夜という場所で時間を過ごしていただいたり
わたしの淹れた飲みものやおやつを味わっていただいたり

そうしている姿をみると
よろこびが湧きあがってくるのです。
何だろう?と思うくらい
喫茶店という場に、そこで過ごす人に萌えるわたし。
こないだは純喫茶っていうガチャをしたくらい、わたしは喫茶店というものに恋している。
言葉でまだまだ伝えきれていないのはわかっているけど
わたしはろうそく夜という喫茶店で過ごしていただくことに、しあわせを感じている。

この「いただいたり」という言葉どうり
わたしがそれをいただくことで
わたしとエネルギーを交換および交歓しているんだっていうことに
わたしはこれまで知っていたはずの
喜びを
更なる歓びとして、悦びとして
アップデートしなおしたような感覚があります。

お昼ごはん(ランチ)をどうするかということにフォーカスするのでなく

喫茶店としての、
お茶しにいく場としてのろうそく夜のあり方を、ずっとやっていたかったわたしに、ついに、ついに出会えた。

子どもの時からわたしは
喫茶店がやりたかったんだ。
「お茶しにいく」ってことに
どうしてもこだわりを感じてしまうのだ。

お昼ごはん(ランチ)をやることで、そしてそれを今、手放すことで、ほんとうによく分かった。

またあたらしい喫茶店をはじめたような
厳かなきもちで、今やっています。


これが
この夏わたしの頭のうえに落ちてきた
カミナリの正体。

どんどん本来のわたしになっていく。

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や!もうー嬉し!!
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お寺の境内のすみっこにある、小さな小さな喫茶店「ろうそく夜」店主。4人の子どもをもつ母ちゃんもやっている。 しごとも暮らしも子育てもムリなくたのしむ、自分をいきいき生きるためのワークやおはなし会も主催する。

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