【小説】 愛のギロチン 20

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「えっ、そうなんですか」

思わず驚きの声が漏れ、昭一の視線を追うように工場内を見回す。素人の俺には、そこに置かれた機械はすべて同じもののように見える。

「まあ、実際ギロチンが一番多いんですけど。でも、割とすごい人なんですよ、あの人」

昭一の言葉に、微かな混乱を覚える。会ったときから今まで、ひたすら勝手でワガママな爺さんだった。そんな爺さんが、設計においては”すごい人”らしい。

乱れかけた心を落ち着かせるように、俺は話の方向を変える。

「大貫さんの他にも、設計の仕事に就いている方はいらっしゃるんですよね」

大貫はそれなりの年齢だ。例のドクターストップがなかろうが、今後何十年も働けるわけではないだろう。この会社の製品をほとんど手掛けたとはいえ、設計業務を一人で担ってきたわけではないはずだ。

だが昭一は、その優しい表情を少し曇らせ、首を振った。

「それが、いないんですよね。過去には何人かいたんですけど、体調を崩して退職したり、家庭の事情で転職したりで。ここ3年ほどはもう大貫さん一人に頼りっぱなしで」

その話を聞いて、病院での会話を思い出す。少しでも休む時間を増やせ、せめてフルタイムで働くのはやめろと言う医者に対し、大貫は言ったのだ。

――簡単に言いやがって。そうできねえから毎日働いてんだっての。

今になって、そうかと思う。設計業務を担当するのが大貫一人なら、確かに簡単に休むわけにはいかないだろう。まして辞めてしまえば、この会社には設計担当がいなくなってしまう

俺の考えを読んだように、昭一が続ける。

「もう若くないんだし、そろそろ引退してのんびりしてほしいんですけどね。なかなか採用も難しいご時世で」

俺は思わず頷いた。大貫がもし本当に”すごい設計士”なら、いや、恐らくそれは本当なのだろうが、であればなおさら、その後釜の採用難易度は高くなる。

「何度も募集はかけてるんですが、なかなかね。最近はそもそも応募してくれる人も減ってしまって」

昭一は困った顔をして頭を掻く。だが俺には、その照れ隠しのような仕草がポーズであることがわかる。昭一は本当に困っている。ニコニコしながらも、本当は焦っている。本気でこの会社を担う覚悟を持っている経営者だからこそ。

同時に俺は、息苦しさを覚えた。この課題解決は、思っていたよりずっと大変なことなのかもしれない。

求人業界に長く身をおいていれば、結局のところ、応募数が認知度や人気度と比例関係にあることがわかってくる。

要するに、よく知られた企業、人気のある企業に応募が集まる、ということだ。

逆に言えば、名前も知らない、人気のない企業の募集には、なかなか応募は集まらない。

――そう、多賀岡工業のような、お世辞にも有名企業は言えない会社には。

思わず二の句を継げなくなった俺の耳に、「おうおうおう」というあの声が聞こえてきた。

つづく(近日公開)

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