おやじパンクス、恋をする。#054
けぶる空気。
全ての音にリバーブがかかるこの感じ。窓の向こうに見えている露天風呂と竹の葉。
いいねえ。いいよ。
俺はテキトーに身体を洗うとすぐに露天風呂に向かった。なになに、今日は「薬湯」だと。確かに薬草っぽいにおいもするし、どす黒く濁っていてそれっぽい雰囲気だ。
俺はざぶざぶと中に入ったが、うーん、これはなかなかすごいお湯だな。何よりにおいがキツくて咳き込みそうだ。だが、それがこのアルコールという化学物質によって毒された身体を治療してくれそうではある。ノーペインノーゲイン。痛みなくして利得なし。こうやって何かに耐える気概がなければ、何物をも得ることはできないのである。
……とかなんとか考えていたら、その強烈な薬草臭からの連想なんだろうか、連想というかむしろ対比かもしれねえが、昨晩かいだ彼女の匂い、少し時代遅れな感じのエタニティの香りを思い出した。
もっとも、その具体的な香りを思い出したわけじゃない。それをかいだ時の自分の感情を、再体験したっていう感じだ。
一度は納得した、彼女とはもう多分二度と会うことはないんだろうっていう考えが、その表面の薄皮がペリペリ剥がれるみたいにして、別の気持ちに変わっていく。
そして顔を出したのは、そう、期待。
俺は未練たらしくまだ期待していた。
いや、実際のとこ、俺自身もなぜ彼女にそんなにもこだわるのか、よく分からなかった。だって、三十年ぶりだぜ? いくら綺麗つったって彼女はもう四十三、いや学年はひとつ上だから四十四とかで、店によく遊びに来る二十代前半の子らとはやっぱり全然違う。
いいか、彼女は、「オバハン」だ。
間違いなく、「オバハン」なんだ。
恋愛してえだけならそれこそ店に来る二十代のピチピチしたギャルを選べばいいのに、なんだって俺はこんな風に、彼女ともう会えないかもしれないってことにうじうじ落ち込んだりしてるんだろう。
いや、もちろん彼女に会えないことはない。
隣町まで出かけて行ってあのレストランの向かい側にある部屋をピンポンすれば会うことはできる。
だけど、重要なのは顔を合わせられるかどうかじゃなく、彼女が俺と顔を合わせたいと思っているかどうかなんだ。そうだろ?
彼女は俺のことを、どう思っているんだろう。
あまりに素直にそう考えている自分に気づいて、ゾッとする。クソ、中学生じゃあるまいし。
この小説について
千葉市でBARを経営する40代でモヒカン頭の「俺」と、20年来のつきあいであるおっさんパンクバンドのメンバーたちが織りなす、ゆるゆるパンクス小説です。目次はコチラ。
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