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おやじパンクス、恋をする。#079

 一応四十代、それなりに場数を踏んできたおっさんとして言わせてもらうと、「恐怖」ってのはだいたいにおいて、相手がなんだかよくわからねえからこそ起こる感情だ。

 相手の姿が見えないから、てめえの頭のなかであることないこと想像して怖くなるんだ。

 俺、二十代の頃に空手をかじったことがあるが、試合んとき、相手が発表されるまでは怖くて仕方なかったもんだ。

 誰と戦うのか分かんねえから、対策の立てようもねえ。立ち回りが早え奴なのか、それともガチムチのパワー型なのかで、こっちの戦法も変わるわけでさ。

 つうわけで、いや別に恐怖を感じてたってわけでもねえけど、とにもかくにもまずは相手を知るところからだって、俺は梶商事のある問屋町まで行ってみることにした。

 ただ、ちょっと問題があったんだよ。

 問屋町ってのは、交通の便があんまりよくない。駅前からも劇的に遠いってわけではねえんだが、電車は走ってねえし、バスで行くにも途中で乗り換えがあって面倒だし、徒歩ってのはさすがに無理がある。

 だから俺は、どっちにしろ近々行かなきゃなあと思ってたバイク屋まで、エンジンのかからねえ愛車をゴロゴロ引きずりながら向かったんだ。

 そのバイク屋は、家から徒歩十分のとこにある。もう二十年、バイクのことならここだ(なんでここなのかってのはじきに分かる)。親父さんが早起きな人なので、こんな時間――ちなみに朝の八時半――でも店は開いてる。

 俺が仕事終わって片付けして、朝飯食って家でシャワー浴びるとだいたいこんくらいの時間だ。まあ、ウチの客の中には、朝、俺の店から職場に直行するなんてバカもいるから、そういうやつにつきあった場合、家に戻るのは昼前くらいになっちまうんだけど。

 たった十分の道のりも、この大きな鉄の塊を転がしながらだとひどく遠い。着替えたばかりのTシャツにはもう汗ジミができ始めて、だんだん高く登っていく太陽にムカついてくる。

 婆ちゃんはどんなに夜更かししてもお天道様には挨拶しなって言っていたけど、俺の背中を無遠慮にジリジリ焼いてくる太陽には、とても愛想ふりまく気にゃなれねえ。

 でも一方で、俺は気分がよかった。なんつうか、目標に向かって一歩踏み出したことが、俺の気持ちを前向きにさせていた。

 中学生のガキじゃあるめえし、今更そんなことに気付くなんて情けねえけど、人生、ああでもねえこうでもねえと考えてるくらいなら何かしら具体的な行動をした方がいいんだよ。

 とにかく俺は、汗だくで、悪くない充実感を覚えながら、バイク屋に到着した。

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この小説について
千葉市でBARを経営する40代でモヒカン頭の「俺」と、20年来のつきあいであるおっさんパンクバンドのメンバーたちが織りなす、ゆるゆるパンクス小説です。目次はコチラ

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