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おやじパンクス、恋をする。#081

「上で寝とる」おやっさんは吐き捨てるように言って、奥から工具箱を持ってくる。

 そう、何を隠そうここは涼介の実家。おやっさんは涼介の親父ってわけだ。

 俺が二十年ものあいだここにをひいきにしてるのは、なんてこたねえ、ここがダチの家だったってことなんだよ。しかも、二階にある涼介の部屋は、若いころの俺らの「たまり場」だった。

 まあ、俺がバーを始めて以降はそっちに場を移したわけだけど、とにかくここは、俺やカズやタカボンにとっても家みたいなもんで、このおっかねえおやっさんも、たぶん今はパートに出ているんだろう優しいおばちゃんも、なんつうか第二の家族みてえなもんなわけ。

「マサ」

 と、おやっさんが俺を呼んだ。

 な、なんだよ、話しかけてくるなんて珍しいな。

「なに?」俺は微かに緊張を覚えながら、だがソファに寝転がったまま答える。

「あのバカ、昨日スーツ着て出てったぞ」

「はあ? スーツだあ?」俺は驚いて体を起こした。涼介のスーツ姿なんて、一回も見たことがねえぞ。

「おめえ、何か知ってんじゃねえのか?」おやっさんがギロリと俺を睨む。な、なんだその眼光。慣れた俺でも薄ら寒さを感じるくらい、おっかねえ。これで堅気だってのが信じられねえよ。

「し、知らねえよ。何で俺が知ってんだよ」

 全然心当たりがねえのに、ビビってるせいでどもっちまう。これじゃ嘘ついてるって言ってるようなもんじゃねえか。

 俺は余計にテンパったが、おやっさんはそれ以上は追及せず、点検作業に戻った。

 まあでも、もしそれが本当なら気になる話ではある。

 涼介はスーツを着るのが嫌で、そしてこのバイク屋を継ぐのが嫌で、独学で勉強してフリーランスのWEBデザイナーになった男だ。

 いわゆる在宅勤務ってやつだからもちろんどんな格好でいたっていいわけで、(奴は必死に避けてはいるが)客と対面で合わなけりゃならない日も、まあさすがに革ジャンは着ねえものの、スーツなんてかしこまった服装はしねえと言っていた。

 それにしても、あんなキチガイに大切なウェブサイトを任せる客の気が知れねえ。だが売上は上々らしい。まあとにかく、奴はフリーランスの特権を存分に活かして、朝も昼もねえ気ままな生活を送ってやがる。

 普通の勤め人ならとっくに働き始めているこの時間に、のんきに寝ていやがれるのはそういうわけだ。

 まあ、事情を知らねえ俺らが考えたとこで仕方ねえ。おやっさんもそう考えてんだろう。俺は立ち上がると、難しい顔して俺の愛車をいじっているおやっさんの後ろに立ち、背中越しに話しかける。

「どう? 動きそう?」

 おやっさんは忌々しげに、「ダメだな」と言う。

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この小説について
千葉市でBARを経営する40代でモヒカン頭の「俺」と、20年来のつきあいであるおっさんパンクバンドのメンバーたちが織りなす、ゆるゆるパンクス小説です。目次はコチラ

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