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穏やかな心の反映◆牛島憲之の絵画

ブックオフに行けば、同じ棚を行ったり来たり、あたりを嗅ぎ回る注意深い犬のように、本の背表紙を血眼で眺めるのが常なのですが、なかでも毎回楽しみにしている画集のコーナーで、他の存在を忘れるような、不思議な体験をした。

洋画家・牛島憲之の画集である。


それはそれは穏やかな風景。
木々や小さな島が反映する静かな水辺。
長い影を伸ばした木立の間を曲がりくねる通り。
やけに緊張した面持ちの工場地帯。
すっくと背伸びしたような時計台。

それはきっとなんでもない風景だけれど、この画家が描けば不思議な世界になる。

木々は悩ましく曲がりくねった線でかたどられ、
高い建物や橋は、川の流れにゆっくりと角を削られた小石のように、丸くてなめらかだ。

それはどこかで見たことあるような景色でもあり、抽象化されたやさしい夢の世界にも見える。

画集パラパラとめくりながら、絵がゆっくりと私の心に浸透するのがわかった。
自分の中には、こんなに優しい気持ちがあったのか、と気付かされたほどに、画家の描く波ひとつ立たない穏やかな水の平原が、あたかも自分の心象風景かのように錯覚した。

本屋であれほど長く立ち尽くしていたのは初めてである。


牛島憲之(うしじまのりゆき 1900〜1997)

1900年に熊本市に生まれる。7歳の時から将来は画家になろうと決め、風景の写生に明け暮れる。中学を落第するほど絵に熱中。絵を描くことを禁じられてもなお書き続けたという。

好んだ水辺のある場所へ行けば、スケッチを描いたという。スケッチについて画家は、こう語っている。

「頭で憶えるためにスケッチを描いているんで、描いたものには頼らない。頭の中にある絵を描いているわけです。」


多幸感あふれる風景は、見たままではなく、牛島の頭の中でつくられた絵そのものなのだ。


大学時代の教授が、「芸術がなかったら僕はたぶん人を殺していた。それだけ芸術とは救いなんだ」
と、真剣な表情で言っていたのが思い出される。

一枚の絵を見ただけでも、傷ついた心が癒され、あたたかな光に包まれる。

芸術は役に立たないというひとがいるけれど、人の手で時間をかけて生み出されたものに、常に人や歴史は動かされてきたはずだ。そして多くの人の心を、救ってきたはずだ。

そういう絵に触れるために、私はたくさんの絵を見る時間を大切にしているような気がする。

今までも、これからも。

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