日本が売られる_Fotor

国民の生活よりも大企業の利益〜『日本が売られる』

◆堤未果著『日本が売られる』
出版社:幻冬舎
発売時期:2018年10月

日本を世界一ビジネスのしやすい国にする。これは安倍政権が掲げる主要政策のひとつです。これまで何気なく聞き流していましたが、本書を読んでその意味するところを十二分に理解することができました。要するに国民一人一人の生活向上よりも企業の利益を優先するという宣言なのです。

周回遅れの新自由主義国家として日本は公共部門が管理統制すべき分野で規制緩和を行ない、市場原理の支配する領域を広げています。水、農地、森林、海、学校、医療……。どれもこれも故宇沢弘文が「社会的共通資本」と命名した大切なものごとです。

企業は「今だけカネだけ自分だけ」の論理で動く。それを政府が後押しする。それが今の日本の政治経済のありようです。堤未果はその実態を具体的にあぶり出していきます。

世界では水道の再公営化が趨勢になっているのに、日本では今さらながら民営化を推進しているのは周知のとおり。日本の水道運営権は巨額の手数料が動く優良投資商品として海外の水企業からターゲットにされています。

2018年、これまで日本の農家を守ってきた種子法が廃止されました。ざっくりいえば農産物の種子そのものが「国民の腹を満たすもの」から「巨額の利益をもたらす商品」として、民間企業に開放されることとなったのです。この分野でもモンサント社をはじめ多国籍企業が大きな力をもっていることはいうまでもありません。
公的制度が廃止された今、農家は自力で種子開発するのは経済的にも物理的にも厳しくなります。安価な公共種子が作られなくなると、農家は開発費を上乗せした民間企業の高価な種子を買うしかなくなり、コメの値段も上がってゆくとみられます。

日本が世界に誇る国民皆保険制度も米国との関係でいびつなものになっています。1980年代に日米間で交わされたMOSS協議。これによって日本政府は医療機器と医薬品の承認を米国に事前相談しなければならなくなりました。それ以来、日本は米国製の医療機器と新薬を他国の三~四倍の値段で買わされているといいます。費用は国民皆保険制度でカバーされています。医療費高騰の最大の理由は高齢者の増加ではなく従属的な日米関係にあるのです。

グローバル化した世界では、利益を出したい投資家や企業群が、公的資産であるはずの、種子や森、地下水や遺伝子、CO²を排出する権利に至るまで、何もかもに値札をつけていきます。それを受けて日本では規制改革推進会議が「全てに値札をつける民営化計画」でアシストするという具合です。

 自由貿易の旗を振り、TPPやEPAを進めつつ、国内を守る規制や補助金という防壁を自ら崩し自国産業を丸腰にする、そんなことをしているのは日本政府だけだ。(p96)

世界中の右派政権が自国ファーストの政治を行なっているなか、ひとり日本だけが米国ファーストあるいは多国籍企業優先の政治を推進しているわけです。そのような政策を遂行することによって与党政治家にいかなるメリットが転がり込むのか定かではないけれど、常識的に考えれば不思議というほかありません。

ことほどさように本書に記された内容は読むほどにゲンナリするものばかりですが、知らずに穏やかに過ごした後に突然地獄を見るよりも、現実を直視して早く手を打った方が良いのは自明。ほろ苦い現実から目を逸らしても現実そのものが変わるわけではありません。

後半では売国的政治=多国籍企業に対抗するために諸外国で展開している具体的な政治や市民運動を紹介して本書にささやかな希望を与えつつまとめています。イタリアの草の根政治革命。マレーシアの消費税廃止政策。フランスにおける水道公営化。スイスでの共同組合運動……などなど。

ただし引っかかる点もなきにしもあらずです。本書では肯定的に論じられている公的セクターによる管理統制や業界内の自主的な調整はその公共的意義が認められる一方で、腐敗の温床として部外者から批判を受けてきた一面もあります。本書における〈規制緩和=悪、公共部門による管理調整=善〉という単純な二元論的図式の評価には留保が必要ではないかと思います。

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