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日本発のオペラ作品を!〜『クラシックへの挑戦状』

◆大友直人著『クラシックへの挑戦状』
出版社:中央公論新社
発売時期:2020年1月

大友直人といえば、東京に住んでいた頃に一度だけ東京交響楽団との実演を聴いたことがありますが、端正で溌剌とした演奏でした。彼は活動の拠点を日本におき、もっぱら国内のオーケストラとともに活動してきた指揮者です。いわばドメスティックな音楽家としての印象が強い。本書では、それは自ら選びとった道でもあったことが力説されています。

 どの分野でも同じだと思いますが、勉強する、自分を磨くということは、究極的には自分自身との闘いです。音楽についていえば、自分の部屋で、目の前にある譜面と向き合うということが、音楽づくりの本質です。そうやって自分を深く掘り下げていく作業を行ううえでは、ウィーンにいても東京にいても変わりません。(p58)

クラシック音楽においては欧米が一流の現場で、そこで認められることが最高だという価値観が日本では定着しています。しかしそれが未来永劫続いていくならば、日本の音楽界は常に二流、三流ということになってしまう。それでいいのかと大友は問うのです。

バイロイト祝祭劇場ではじめてワーグナーの楽劇を見たとき、心から感動し「自分は今後、ワーグナーの楽劇はやらなくていい」と思ったともいいます。

 ……ワーグナーを日常のレパートリーとする優れた奏者が集うオーケストラと、選りすぐりのワーグナー歌手による上演を、その聖地といえるバイロイトで聴いたら、これはこの人たちに任せておけばいいと心から感じたのです。(p70)

では、日本人の音楽家である自分にとって、価値のある、意味のあるオペラの仕事は何だろうか。「日本の新作オペラを世の中に紹介すること」だと大友は考えます。そうして三枝成彰、千住明らのオペラ初演を積極的に手がけることになりました。

ちなみに、国際性というものを意識せずに海外の市場に進出したものとして、大友は日本の漫画を繰り返し挙げています。フランスの地方都市に行った時、フランス語訳の日本の漫画がたくさん本屋の店頭に並んでいたというのです。ヨーロッパで評価されようと思って描いたわけではなく、ただひたすら日本の読者を喜ばせるためにつくった作品が結果として世界の読者をひきつけている……。この事実はなるほど示唆的です。

前半、タングルウッド音楽祭でのバーンスタインとのほろ苦い挿話を回想しているのは、大友の指揮者としての方向性を決断させた大きな出来事だったからに違いありません。バーンスタインは大友がNHK交響楽団の指揮研究員をしていると知って、皆の前でN響を酷評し笑いのタネにしたといいます。この時の「ショック」を大友は率直に述べています。(それにしてもこの挿話に描かれるバーンスタインは相当無神経な人物だなぁ。)

巻末に収録されている片山杜秀との対談は、大友の基本的な認識が簡潔に語られていて、本書の締めくくりには最適の読み物といえます。大友の言動に完全に共感できるわけではありませんが、こういう音楽家が日本にいてもいいじゃないかとは思います。

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