走り続ける力_Fotor

研究者として、組織のリーダーとして〜『走り続ける力』

◆山中伸弥著『走り続ける力』
出版社:毎日新聞出版
発売時期:2018年7月

iPS細胞の研究でノーベル賞を受賞した山中伸弥の研究内容をはじめ、研究に対する姿勢や人となりがよくわかる本。本人が毎日新聞に連載した文章、江崎玲於奈や井山裕太との対談、山中の研究に関心をもってフォローし続けてきた毎日新聞編集委員の永山悦子の文章・インタビューなどバラエティ豊かな構成です。

現在、山中の研究成果をもとに臨床応用の可能性が見えてきている病気がいくつかあります。本書では山中の研究内容はもとより、臨床応用の最前線についてもわかりやすく解説しています。

山中自身は現在、京都大学iPS細胞研究所の所長を務めています。所員500人を擁する大所帯。当然ながら組織のリーダーとしての器量や指導力も問われる立場でもあります。その点に関する心構えや考え方にも紙幅が多く費やされており、その意味では一種のリーダー論としても読めるかもしれません。

ラグビー元日本代表監督の故平尾誠二との交友もその文脈においていっそう意義深いものとなります。彼から人を叱る時の注意事項を伝授されたらしい。「プレーは叱っても人格は責めない」「後で必ずフォローする」「他人と比較しない」「長時間叱らない」といった内容だったといいます。山中が「ありがたい言葉だった」と振り返っているのが印象的です。

ただし全体を通読しての正直な感想をいえば、諸手を挙げて人に勧めたくなるほどの本とも言い難い。
山中に研究以外の雑務を強いるような文教政策への批判は少なくないのに、その点の問題提起が弱いのが特に気になりました。
山中が先頭に立って寄付金集めに注力するなど、研究所の運営スタイルは米国のグラッドストーン研究所仕込みのようですが、米国流のやり方をそのまま日本に導入することには議論の余地があるでしょう。山中自身は所与の条件を受け入れて政治への注文を自粛しているとしても、編集に新聞記者が関与している本書の形式ならば、そこは当事者に代わって記者が論及すべきではなかったでしょうか。

山中の前向きなチャレンジ精神を前面に押し出すことで、そういうシンプルな本が好きな読者はなるほど勇気づけられるかもしれません。しかし山中個人のポジティブな姿勢を強調しすぎることで日本の自然科学研究の現場に横たわる問題を後景に退かせてしまったのは残念です。

ついでにいえば編集も今一つ。永山の文章と永山が山中に行なったインタビューの内容が重複していて、しかも最初に永山の文章が出てくるために、せっかくの山中の言葉のインパクトが薄められています。永山の本書への関与のしかたがいかにもちぐはぐな感じがします。そんなこんなで新聞社系出版社が出した本にしては皮相的な印象が拭えず物足りなさが残りました。

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