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面白くてちょっぴり退屈なドキュメンタリー〜『パリ・オペラ座のすべて』

フレデリック・ワイズマンは映画の面白さと退屈さを同時に示してみせる映像作家ではないかと思う。160分という長尺の『パリ・オペラ座のすべて』は、その舞台裏をほとんど見せたことのない世界最古のバレエ団に密着したということで、本来ならいくらでも仰々しく撮ることができたはずなのに、いかにも淡々とオペラ座の「素顔」を私たちに披瀝していきます。メインとなるのはダンサーたちのレッスン風景ですが、それに加えてバックステージの衣裳係や事務スタッフの仕事ぶり、バレエ部門芸術監督のブリジット・ルフェーブルなどにもカメラは向けられます。

並みの演出家なら堪え切れずにカットを割ってしまうような場面でも延々とカメラを回し続けワンカットに収めてしまい、そうして撮られたシークエンスが特別の加工がほどこされるわけでもなく、一見ぶっきらぼうに観客に提示されるばかりです。
現場で鳴っている音楽以外に編集段階で音楽が付け加えられることもなければ、観客をある特定の物語へと誘うようなナレーションがかぶせられることもない。オペラ座で働く人々に仕事の苦労話やエピソードを聞き出そうとマイクを向けるような野暮なことも行なわれません。
ちなみにこのようなスタイルは、想田和弘も強い影響を受け、同じような作法で話題作を撮りつづけていることは周知のとおり。

さて、本作で映し出されるバレエの演目は、チャイコフスキーの《くるみ割り人形》やベルリオーズの《ロミオとジュリエット》といった古典のほか、トレボットの《ジェニュス》やマウロ・ランツァの《メディアの夢》のような現代物まで幅広く、これらのリハーサル風景、本番のステージが交錯して描出されます。
ダンサーたちの厳しい練習風景を間近に捉えたカメラはこれまた特段の動きを何もしていないのだけれど緊張感を十全に漲らせ、時には不規則に震えたりもします。ダンサーが床を踏み鳴らす音、シューズと床とが擦れ合う生々しい音とあいまって、オペラ座の姿が私たちの五感全体に艶めかしく伝わってきます。
人々の活動風景の合間にブリッジ的に挿入されるエンプティショット──無人のオペラ座の階段やロビー、客席など──は、何となく小津安二郎的な静謐さをたたえているようで、それらがまた実に心地よいリズムで私の眼前にあらわれるのでした。

もっとも劇場で私の隣に座っていたオッサンは十数分ごとにイビキをかいて、その度に向こう隣りの同伴の女性から注意を促されていました。どうやらこの映画は観る者を選ぶらしい。

*『パリ・オペラ座のすべて』
監督:フレデリック・ワイズマン
映画公開:2009年10月(日本公開:2009年10月)
DVD販売元:紀伊国屋書店

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