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本読みの記録(2017)

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ブックレビューなど書物に関するテキストを収録しています。対象は2017年刊行の書籍。
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#書評

説教から語りの芸能へ〜『落語に花咲く仏教』

◆釈徹宗著『落語に花咲く仏教 宗教と芸能は共振する』 出版社:朝日新聞出版 発売時期:2017年2月 伝統芸能はなんらかの宗教性をもっている。芸能について理解するには、宗教を通してみることが必要。そのような観点から本書では特に落語と仏教との関連を考察しています。宗教や芸能を生み出した人類の特性から説き起こす本書は思いのほか骨太の本でした。著者の釈徹宗は浄土真宗本願寺派如来寺の住職で、大学でも教えています。 仏教の法会・法要は、声明と説法の二要素で構成されています。前者は日

アメリカの属国として生きる国で〜『知ってはいけない』

◆矢部宏治著『知ってはいけない 隠された日本支配の構造』 出版社:講談社 発売時期:2017年8月 戦後日本が何かにつけ米国に追従してきたことに関してはこれまで多くの議論がなされてきました。本書は簡潔に言えば「これまで精神面から語られることの多かった『対米従属』の問題を、軍事面での法的な構造から、論理的に説明」したものです。「軍事面での法的な構造」とは具体的に日米安全保障条約、日米地位協定、さらには日米合同委員会における種々の密約を指します。日米合同委員会は日本の官僚と米国

商業主義の主流化にいかに対抗するか〜『メディア不信』

◆林香里著『メディア不信 何が問われているのか』 出版社:岩波書店 発売時期:2017年11月 誰もが自由に発信できるインターネットは新聞やテレビなど在来のメディアに対する批判を可視化させました。少々言いがかりめいた内容でも多くの「いいね」がつき、拡散されていく。もちろん批判とは対象に対する愛着の裏返しでもありますから、メディア批判がただちに「メディア不信」を意味するわけではないでしょう。ゆえに「メディア不信」という現象を社会問題として解明しようとするならば、その内実をきち

共感や寛容の精神の礎となる〜『ネガティブ・ケイパビリティ』

◆帚木蓬生著『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』 出版社:朝日新聞出版 発売時期:2017年4月 ネガティブ・ケイパビリティ。──どうにも答えの出ない、どうにも対処のしようのない事態に耐える能力。あるいは、性急に証明や理由を求めずに、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいることができる能力。精神科医にして作家でもある帚木蓬生は本書においてそのような能力を称揚します。 この概念を世界で初めて口にしたのは詩人のジョン・キーツ。兄弟に宛てた手紙のなかでシェイクス

音楽に国境があった時代の物語〜『冷戦とクラシック』

◆中川右介著『冷戦とクラシック 音楽家たちの知られざる闘い』 出版社:NHK出版 発売時期:2017年7月 戦後のある時期、世界は二つの陣営に分断されていました。アメリカをリーダーに戴く西側。ソ連を盟主とする東側。両大国が直接一戦を交えることはなかったものの、局地的な代理戦争は起きました。キューバを舞台に核戦争の懸念を世界に与える危機も経験しました。冷戦と呼ばれた時代のことです。 音楽に国境なしとよくいわれます。それなら冷戦という厳しい時代にあっても音楽は自由自在に国境を

読むことと語り合うことによる発見〜『漱石漫談』

◆いとうせいこう、奥泉光著『漱石漫談』 出版社:河出書房新社 発売時期:2017年4月 いとうせいこうと奥泉光の文芸漫談シリーズ『文芸漫談 笑うブンガク入門』『世界文学は面白い。』に続く第三弾。タイトルが示すとおり夏目漱石の作品をだけを収めています。国民的作家の作品を深刻になりすぎず、肩のこらない調子で軽快に読み解いていく。といってもいい加減な読み方ではありません。相変わらずの面白さです。 《こころ》を同性愛の観点から読むのは今ではありふれた読解ですが、ここではいくつもの

ヒトの手が及ばない大自然のすがた〜『最後の辺境』

◆水越武著『最後の辺境 ──極北の森林、アフリカの氷河』 出版社:中央公論新社 発売時期:2017年7月 山岳氷河の聖地ともいえるカラコルムの大氷河。黄河源流の幻の山アムネマチン。アラスカ・ブルックス山脈の森林限界。世界最大の水量を誇る南米イグアスの滝。アフリカの赤道直下にある高山氷河ルウェンゾリ。北アメリカ西部沿岸に広がる巨木の森。地上最後の秘境といわれるコンゴ川流域の熱帯雨林。数多くの固有種が生息する世界最古の湖バイカル湖……。 人間の手が及ばない辺境の大自然の様相を

社会学者の回答芸を読む〜『また身の下相談にお答えします』

◆上野千鶴子著『また身の下相談にお答えします』 出版社:朝日新聞出版 発売時期:2017年9月 新聞にはたいてい人生相談のコーナーが常設されていますが、個人的には数多いる回答者のなかで上野千鶴子がいちばん面白いのではないかと思っています。本書は朝日新聞に掲載中の〈悩みのるつぼ〉の上野回答分を書籍化した第二弾。とにかく切れ味鋭い。同時に苦労を重ねてきたであろう相談者、社会の不条理に翻弄されている相談者らには温かい慰労や激励の言葉を贈る。当然ですが、回答の内容が社会学的知見の披

新聞記者の弾けた文体を楽しむ〜『仕方ない帝国』

◆高橋純子著『仕方ない帝国』 出版社:河出書房新社 発売時期:2017年10月 著者の執筆当時の肩書は朝日新聞の政治部次長。肩書とのギャップを感じさせる今風のカジュアルな弾けた文体がひとつの持ち味といえるでしょうか。もっとも内容以前にそこが非難の的になったりもしているようですが。 本書に収められた文章の論題は政治問題にとどまりません。あえてキーワードを一つピックアップするなら「自由」ということになるでしょうか。自由をめぐって自由を求めて、思考し行動する著者のすがたが随所に

詩人がパフォーマーに近づくとき〜『対詩 2馬力』

◆谷川俊太郎、覚和歌子著『対詩 2馬力』 出版社:ナナロク社 発売時期:2017年10月 谷川俊太郎と覚和歌子による詩のキャッチボール。連句・連歌の伝統をもつ日本の詩歌の歴史を振り返れば、連詩・対詩のような企ても自然なものと考えられ、実際、過去にもいろいろな試みがあったようです。ただ現代詩の世界で書籍化できるレベルの完成度に達したのは本書が初めてかどうか知りませんが珍しいのではないでしょうか。 谷川が、狭い読者層を対象にした難解な現代詩の世界に対する違和感から出発したこと

予測不可能な未来に向けて〜『自由のこれから』

◆平野啓一郎著『自由のこれから』 出版社:KKベストセラーズ 発売時期:2017年6月 技術の進化は私たちの生活を便利にしてくれましたが、自分で選択する機会を縮減しているようにも感じられます。ネット上でワンクリックするだけで読みたい本がすぐに届けられ、次にアクセスした時には推薦書がぞろぞろと画面に表示される一方、街の本屋さんは次々にすがたを消し店頭で偶然目にした本を衝動的に買うというようなことが少なくなってきたように思われます。 ──人間の自由意志はどこへ向かうのか? そ

近代日本を体現した二人の同窓生〜『夏目漱石と西田幾太郎』

◆小林敏明著『夏目漱石と西田幾太郎──共鳴する明治の精神』 出版社:岩波書店 発売時期:2017年6月 1901年7月22日、ロンドンに留学していた夏目漱石のもとに、金沢に住んでいた西田幾多郎から手紙がとどきます。その手紙にどのようなことが書かれていたかはわかりません。しかしこのやりとりを糸口に、著者は二人の間に多くの共通点があったことを明らかにし、彼らを包みこんでいた時代環境やネットワークを検証していきます。これは近代日本を体現していたともいえる二人の知的巨人の精神史的評

人間はなぜ〈男〉と〈女〉に分類するのか!?〜『はじめてのジェンダー論』

◆加藤秀一著『はじめてのジェンダー論』 出版社:有斐閣 発売時期:2017年4月 「人間には男と女がいる」という認識は一見自明であり、自然なことであるように感じられます。しかしジェンダー論の立場からいえば、実際には私たち人間がそのような現実を社会的につくりあげているということになります。ではどのようにつくりあげているのでしょうか。本書ではその問題がメインテーマとなります。 そもそもジェンダーとは何でしょうか。ときに「社会的性差」と訳されることがあります。「性差には社会的な

現代日本の最大のリスク〜『アベノミクスによろしく』

◆明石順平著『アベノミクスによろしく』 出版社:集英社インターナショナル 発売時期:2017年10月 アベノミクスは大失敗に終わっている。現代日本の最大のリスクはアベノミクス。──本書のメッセージは実に明快です。 アベノミクスの三本の矢とは「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」です。本書ではとくに第一の矢である金融緩和政策を中心に論じています。大胆な金融政策とは「日銀が民間銀行にたくさんお金を供給してデフレを脱却する」というものです。 その