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本読みの記録(2017)

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ブックレビューなど書物に関するテキストを収録しています。対象は2017年刊行の書籍。
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2017年5月の記事一覧

文理横断的な実験から考える〜『モラルの起源』

◆亀田達也著『モラルの起源 ──実験社会科学からの問い』 出版社:岩波書店 発売時期:2017年3月 人間の社会を支える人間本性とはいかなるものでしょうか。これは古来、当の人間にとって最も主要な論題の一つとして繰り返し問われ研究されてきたものです。本書はその問いに対して実験社会科学という新しいアプローチで答えようとする試みです。 まずヒトの社会行動や心の働きはほかの動物と比較したときに、どう位置づけられるか。そしてそのような生物学的基礎をもつ「ヒトの心」が「人の社会」の成

大切なものはお金に換えてはいけない〜『人間の経済』

◆宇沢弘文著『人間の経済』 出版社:新潮社 発売時期:2017年4月 宇沢弘文は人間と経済のあるべき関係を追求し続けた経済学者として知られます。その倫理的な学識のありようは素人の私が言うのは不遜かもしれませんが、経済哲学とでも呼びたいほどです。本書は2014年に他界した宇沢晩年のインタビューや講演録をまとめたもの。当然ながら平易な語り口で、宇沢の学識に触れたことのない読者にも理解しやすい作りになっています。 宇沢は旧制一高時代は医学部志望クラスに在籍していましたが、東大理

アイロニーからユーモアへ〜『勉強の哲学』

◆千葉雅也著『勉強の哲学 来たるべきバカのために』 出版社:文藝春秋 発売時期:2017年4月 勉強しない者たちが実社会でたくましく生きていく姿にエールをおくる言葉は巷にあふれています。学生時代はロクに勉強もせずに遊び呆けていたと露悪的に懐古するインテリも珍しくありません。それらはいずれもアンチ勉強言説の紋切型といえるでしょう。その裏返しとして、安易な自己啓発本は量産されてはいるものの、勉強することの気まずさやそこからじわじわと生まれる歓びに正面から原理的に言及した本はこれ

他者との共存の作法を探る原理として〜『プロテスタンティズム』

◆深井智朗著『プロテスタンティズム 宗教改革から現代政治まで』 出版社:中央公論新社 発売時期:2017年3月 禁欲を旨とするはずのプロテスタンティズムの倫理が資本主義の精神に適合していたという逆説はマックス・ウェーバーの有名なテーゼです。しかしその命題を知ってはいても、ではプロテスタンティズムの倫理とは具体的にどういうものかとあらためて問われて、きちんと答えられる日本人はそれほどいないのではないでしょうか。そもそもプロテスタンティズムについて私たちはどれほどのことを知って