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本読みの記録(2018)

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ブックレビューなど書物に関するテキストを収録しています。対象は2018年刊行の書籍。
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2018年9月の記事一覧

「民族の触角」となり得ているか〜『「右翼」の戦後史』

◆安田浩一著『「右翼」の戦後史』 出版社:講談社 発売時期:2018年7月 昨今、日本政治の右傾化は話題にされることが多くなりましたが、本書では右翼思想の持ち主や右翼団体そのものの活動にスポットをあてています。その戦後史を記述するにあたっては、時代を大きく二つに区分けしました。一つは戦後から70年安保闘争まで。もう一つはそれ以降の新右翼台頭の時代。 第二次世界大戦における日本の敗北は、同時に右翼の自滅でもありました。戦後の占領政策で、右翼は「戦前の遺物」としていったんは表

「不純」な世界で生きていく〜『憎しみに抗って』

◆カロリン・エムケ著『憎しみに抗って 不純なものへの賛歌』(浅井晶子訳) 出版社:みすず書房 発売時期:2018年3月 社会的弱者や社会の少数派の人びとに対する差別行為が世界規模で広がっています。標的とされるのは、紛争地からやってきた難民、白人中心の社会に住むアフリカ系の住民、トランスジェンダー……。 カロリン・エムケは、世界各地の紛争地を取材してきたフリージャーナリスト。本書では、特定の属性に向けられる差別や偏見に対して「憎しみ」という感情からアプローチすることで、そこ

反緊縮財政でお金をまわす〜『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう』

◆ブレイディみかこ、松尾匡、北田暁大著『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう レフト3.0の政治経済学』 出版社:亜紀書房 発売時期:2018年5月 英国在住の保育士&ライターのブレイディみかこ、経済学者・松尾匡、社会学者・北田暁大の鼎談集。日本の左派言論人や政党が経済問題にあまり関心を示さないことを批判し、積極的な財政出動や金融緩和を訴えるという内容です。 松尾の理論経済学者としての発言にはアカデミックな味わいがあり、その限りで本書を読む意義はあると感じました。経済成長を〈長

人類の先を歩んだ革命家!?〜『カストロとゲバラ』

◆広瀬隆著『カストロとゲバラ』 出版社:集英社インターナショナル 発売時期:2018年2月 フィデル・カストロとチェ・ゲバラ。キューバ革命を牽引した両雄です。 ラテンアメリカ諸国は20世紀の大国であるアメリカ合衆国の圧政を受けて苦しめられてきました。本書で強調されているのは、そうした歴史における「苦しめた側の人間の実名と、圧政の利権メカニズム」に関する解析です。その点に言及した書籍があまりに少ないと広瀬は考えているからです。そこで本書では、〈強欲なアメリカ資本〉対〈キュー

歪んだ「政治主導」の矢面に立つとき〜『面従腹背』

◆前川喜平著『面従腹背』 出版社:毎日新聞出版 発売時期:2018年6月 表面は服従するように見せかけて、内心では反抗すること。──「面従腹背」の広辞苑における語釈です。前川喜平がマスコミに登場し、この言葉を盛んに口にするのを見聞して、当初は少し違和感をおぼえたものでした。 日本の政治の問題点として、かつて「官僚内閣制」の弊害が盛んに強調されたことがありました。政治決定の実質を握っているのは官僚であって、政治家は彼らの手のひらで踊らされているだけだという認識を端的に表現し