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本読みの記録(2018)

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ブックレビューなど書物に関するテキストを収録しています。対象は2018年刊行の書籍。
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2018年6月の記事一覧

政治的言説としての「宗派主義」〜『シーア派とスンニ派』

◆池内恵著『【中東大混迷を解く】シーア派とスンニ派』 出版社:新潮社 発売時期:2018年5月 昨今、中東の情勢について語られる場合、「宗派対立」の観点に注目されることが多い。しかしそのような議論には注意が必要です。見かけ上「宗派」間の対立にみえるとしても、それは必ずしも宗教的な要素に還元できるものではないというのが本書の基本認識です。 「現代の中東に生じているのは『教義』をめぐる対立ではなく、宗派の『コミュニティ』の間の対立である」と池内恵はいいます。本書はそうした認識

近代日本を生きた「意志の芸術家」!?〜『横山大観』

◆古田亮著『横山大観 近代と対峙した日本画の巨匠』 出版社:中央公論新社 発売時期:2018年3月 2018年は横山大観の生誕150年、没後60年のメモリアルイヤーにあたります。本書はそれに合わせて刊行したものと思われます。 波乱万丈の人生をおくり、近代日本の進展とともに歩んだ国民的画家。無心の童子の姿が印象的な《無我》や嵐の荒野をさまよう詩人を描いた《屈原》などは、実物を観たことはなくとも印刷媒体で目にしたことのある人は多いでしょう。 それにしても性急な西洋化と日本文

テイストの違いを味わう愉しみ〜『短歌と俳句の五十番勝負』

◆穂村弘、堀本裕樹著『短歌と俳句の五十番勝負』 出版社:新潮社 発売時期:2018年4月 50人にお題を出してもらい、歌人・穂村弘と俳人・堀本裕樹が作品をつくる、文字どおり短歌と俳句の真剣勝負。「短歌的感情」と「俳句的思索」を読み比べる面白味に加えて、作品ごとに短いエッセイが付けられていてなかなか愉しい趣向です。新潮社の読書情報誌〈波〉に連載された企画をもとに書籍化されました。 荒木経惟の出したお題は「挿入」。ビートたけしは「夢精」、柳家喬太郎が「舞台」と、いかにもその人

公平な議論の土俵づくりを〜『広告が憲法を殺す日』

◆本間龍、南部義典著『広告が憲法を殺す日』 出版社:集英社 発売時期:2018年4月 憲法改正の国民投票が現実味を帯びてきました。国会で改憲発議がなされると、次のステップは国民投票。それは2007年に施行された国民投票法に則って行なわれます。しかし同法の不備を指摘する声は少なくありません。 本書では、広告規制に絞ってその問題に迫ります。 民主党政策秘書として国民投票法の起草に関わりその後も国民投票制度の研究をつづけている南部義典と、博報堂の元社員で広告業界に詳しい本間龍の

欲望し続けるための〈制作〉〜『メイキング・オブ・勉強の哲学』

◆千葉雅也著『メイキング・オブ・勉強の哲学』 出版社:文藝春秋 発売時期:2018年1月 自己啓発書の体裁をとりながら勉強することの意義を考察して話題を集めた『勉強の哲学』のメイキング物です。『勉強の哲学』はいかに構想され、書かれ、修正を加え、書き継がれていったのか。その舞台裏を見せることもまた一つの勉強論、創作論となるのでした。『勉強の哲学』で論じられていた勉強のアート(技術)がまさにその書籍において同時並行的に実践されていたことが種明かしされるわけです。書籍でのこういう

二つの〈現場〉から政府の虚偽を暴く〜『日報隠蔽』

◆布施祐仁、三浦英之著『日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか』 出版社:集英社 発売時期:2018年2月 2011年、南スーダンにPKO(国連平和維持活動)の一環として自衛隊の派遣が始まりました。2016年7月、現地で激しい戦闘が起こっている様子がインターネット上で伝えられます。自衛隊の海外派遣には様々な前提条件が課せられているが、その条件が崩れているのではないか。そのような声が沸き起こったのは当然でした。 フリージャーナリストの布施祐仁は防衛省に対して情報開示請求

後ろ暗さと快楽の矛盾を思考する〜『食べることの哲学』

◆檜垣立哉著『食べることの哲学』 出版社:世界思想社 発売時期:2018年4月 食べることは他の生物を殺すことです。その営みには後ろ暗さと快楽が伴います。食べることを哲学するとは、その矛盾に生き、その矛盾を思考することにほかなりません。 そして後ろ暗さと快楽という食の両義性は、人間の身体には文化としての身体と動物としての身体があるという二面性にも通じることかもしれません。両者は「ぶつかりあってしか存在しえないのではないだろうか」と檜垣立哉はいいます。このぶつかりあいは食と