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なぞかけ師匠

 どれどれ、暇つぶしに私の下積み時代の話でも聞いていきませんか?昔話は退屈ですって?な~に、そんなに長い話じゃありません。
 今はこうして一人前に小説を書いている私ですが、若かりし頃は師匠を付けてもらって、いろいろとアドバイスをもらっていたんです。
 それは、初めて師匠にアドバイスをいただいた日。自分の書いた作品を、他人に見せるのが初めてで、それでもって先輩の作家さんに見せるというのだから、緊張しないはずないですよね。思い出すだけでも、胸がどきどきしてしまいます。あの時もらったアドバイス、今も忘れることができません。
 「話の構成については悪くないかもしれないが、これではまるで駄目だ。もっと現実を見たほうがいいんじゃないか?君はまだ若いし、小説を書く以外にも、やれることは山ほどあるのだろうから」
 あっさり、淡々とおっしゃられました。なにも最初でそこまで辛辣なことを言わなくてもいいのではないかと、ひどくショックを受けたのを覚えています。せっかく小説を書こうとしている人の心を、あんなにもやすやすとへし折ることもないでしょうに。
 師匠の言葉を真に受けて、しばらくは落ち込んでしまいました。執筆をやめようとすら思いました。自分の道の先を行く人が、あきらめろ、って言うのだから。でも、もしかしたら、悔しがらせて奮起させるつもりで言ったのかもしれない。そう思い直し、師匠をぎゃふん!と言わせるような作品を書ける日まで、努力することを決意したのです。
 それからというもの、私は悔しくて悔しくて、なにがなんでもという気持ちで、必死になって創作活動に打ち込みました。朝は4時に目を覚まして小説を書き、あらかた出来上がったら何度も何度も見直しをして、何度も何度も書き直し。夜は日付が変わるくらいまでずっと勉強。
 ときおり師匠にアドバイスをもらいに行くと、彼は、「やれやれ」とあきれたと言わんばかりの笑みを浮かべて「まだまだだな」とだけ口にし、それを聞いた私はより一層悔しくなり、活動に打ち込むのでした。
 そんな日々を半年ほど続けました。それでもなかなか面白いと思える作品が書けません。「もっと現実を見たほうがいいんじゃないか?」師匠の言葉が、何度も頭に浮かびました。もっと現実を、もっと現実を。頭の中で幾度となく繰り返したのち、私はハッとしました。もしかすると、私は何か大きな間違いをしていたのではないか、と。今まで一体、何をしていたんだ、と。なにが楽しくて、小説なんか書いていたのだろう、と、すら思いました。そうして次の日から、私は今までの気を病んでしまいそうな努力をやめ、執筆を放棄し、町に出かけました。
 それからしばらくして、私は初めて自分で面白いと思えるような小説が書けました。それまで前向きな評価をしてくれなかった師匠も、「少しは面白くなってきたじゃないか」と言ってくれるようになりました。その言葉が何よりもうれしくて、うれしくて。初めて褒めてもらえたお祝いに、家でひとり祝杯を挙げたのを覚えています。
 そうして活動を続けて、今に至ります。おかげさまでこの国の半分くらいの人は、私の作品、もしくは私の名前を知ってくれている、という状況です。本当に、ありがたい限りです。そういえば、このあいだ、久方振りに師匠の元を訪れました。名前が売れてからというもの、お礼にうかがう時間も無かったので、やっとの思いで会いに行くことができました。師匠に初めて小説を見せた頃の話をすると、
「いやあ、あの頃は何もわかっちゃいなかったよなあ、君は」と言われてしまいました。私も、
「ええ、まったくわかっていませんでした」と返しました。
「僕は確かに君の作品の構成を褒めたはずなんだが、君には全く聞こえていなかった。本当に、人って言うのは愚かだよねえ。どうも悪い評判ばかりに目が行ってしまう」
「はい、本当に愚かでした」
「現実を見ろ、と言ったのは、もっと現実の世界を見て、それを元に世界を描写しなければ、読者には伝わらないぞ、ということだったんだ。君はなにか勘違いしていたようだったがな。まあ、あの時は私の伝え方も悪かった。しばらくしてから君も僕の本心に気づいたようだったから、よしとしようじゃないか」
「やはりそうでしたか」私は師匠の話を聞いて、あの時のひらめきは、間違っていなかった、と、安心するのでした。


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