『夢』

 「で、そいつは只の侍じゃあなくって、
肉体を斬らずに魂を斬る侍なんだな。
そいつに斬られた奴は、
もう抜け殻みたいになっちゃうんだよ」

 男はグラスを片手に、隣の友人に話している。
友人は大層感心している様子である。

 「先生よくそんなこと思いつくね。本当にスランプなの?」

 男は小説家だった。
だがこの数ヶ月スランプが続いていた。
夜な夜なバーで酒を飲みながらアイデアを探していた。

 「いや、これは夢なんだよ。だから話は断片的にしか無い」

 「そこから話を膨らませればいいじゃん」

 「ところがまるで別人が考えているように話が繋がらないんだなぁ」

 彼は毎日夢を見ていた。
それは何処で思いついたんだと自分で驚くような設定のものばかりであった。
友人の言う通り夢の続きを考えようと何度も試みたが、
起きている間の頭では全く続きが思い浮かばないのだった。

 「それに面白いと思っていても、すぐに忘れちゃうんだ」

 「うーん。だったら枕元にノートとか置いておいて、
起きたらすぐに書き留めるとかさぁ。
あとは夢を自分でコントロールするように訓練するしかないね」

 「訓練?」

 「夢の中ってだいたいはここにいる自分じゃない人になってるじゃない。それを現実の自分になるように訓練する」

 「そんなことできるのかねぇ」

 「さぁね。でも忘れにくくなりそうな感じがするじゃない」

 疑いつつも、彼はその日から訓練を実践することにした。
もう藁にもすがる思いだったのである。

 まずは枕元にノートを用意した。
すぐに忘れてしまう夢でも、
起きてからしばらくは覚えているもので、
彼は眠い目をこすりながら必死にメモをとった。

 以前より夢を記録することはできるようになったが、
やはりその内容は断片ばかりでとても小説にまとめられるようなものではなかった。
せめて一区切りがつくところまで見続けられないか。

 そこで彼は次の段階に移った。
現実の自分を夢に登場させるのだ。
かといって一体どうすればよいのか。
とりあえず彼は寝続けることにした。

 ちょうどいいタイミング、
この後の展開が気になるところで目覚ましのアラームが鳴る。
とりあえず書き留めて二度寝すると、
また別の夢を見てしまい、話は全く繋がらなかった。

 初めのうちは、飯を食うためにアラームをセットして、
二度寝三度寝を繰り返していたのだが、
次第にそれも止め、長時間眠ることが多くなった。

 ある日、友人が男の部屋へとやってきた。
あれからというもの、毎日のように顔を出していたバーにも現れず、
心配になり様子を見に来たのだ。
中にいる気配はあるものの、ドアをノックしても一向に反応がなく、
友人は管理人に鍵を開けてもらうことにした。

 彼はベッドで眠り続けていた。友人が体を揺らし声をかける。

 「先生。先生。起きよう。いつまで寝てんだよ」

 ぼんやりと目を開けた彼は、ゆっくりと周りを見渡した。

 「ん・・・これは・・・ここは・・・」

 「先生、俺だよ。早く起きよう」

 友人の声が聞こえていないのか、彼は一人で納得したように、

 「ああそうか。こりゃいつもの夢だな。早く起きて続きを書かないと」

 と、再び眠りだし、それから目覚めることはなかった。


※これは室長が専門学校時代に書いた創作です。


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