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今村昌平「にっぽん昆虫記」

北千住シネマブルースタジオで、今村昌平「にっぽん昆虫記」 脚本は長谷部慶次との共同。

東北の寒村で生まれ育った女(左幸子)が金持ち妻子持ち男への足入れ婚を嫌がり、上京したけど職を転々、スケベオヤジの愛人兼売春組織の元締めになるが、因果は巡り農場開拓を夢見る実の娘(吉村実子)に愛人を寝とられ絶望に号泣する姿に震撼!不幸な女の半生を昆虫の様に観察した異形の傑作。

感想書いてみたけど、恐らく内容を把握し切っていない。寝てたからとかつまらなかったとかそういう理由じゃない。東北弁(山形あたり?)がキツすぎて、全然何喋っているのか分からんのよ(笑)大事な台詞も東北弁で通していて、日本人でも字幕が必要だな、と思ったよw

それにしても面白いよなあ、これ。学生の時に劇場で初見して震撼したけど、どの場面だったかなあと思いながら観てた。前半は酷い、酷すぎる。逆境に生きる貧困層の女性が差別に遭いながら逞しく生きる「おしん」を性的な部分まで赤裸々に描いたいやらしい描写に反吐が出そうになる前半。

救いようのない暗い話なのに、姫田真佐久のカメラと黛敏郎の劇伴が見事で、話をポップに変えてる。話の節目にストップモーションを付けて幸子のここで一句、狂った果実のようなモワーン劇伴も話の内容から来る鬱々感を和らげてくれて中毒作用があるよ、前半部に関してはw

女を昆虫に例えるならおっぱい星人としては乳!という分かりやすさで、成人映画の元祖のような雰囲気があって後年、日活がロマンポルノに舵を切る下地ってあったのだなあと思う。モノクロの陰湿な画面の中で男女の裸が蠢いている、売春宿「楽々」が舞台の三業地的作品だ。

ヒロインの名前はトメ。そういえば田中登の傑作「(秘)色情めす市場」で芹明香が演じた売春婦の名前もトメだった。両親に望まれない子供としてこの世に生を受け、恵まれない家庭でグレて売春婦になる、そんな典型的な堕ちた女の話とすれば分かりやすいがそれだけではない。

ずっと嫌悪感でムズムズしていたのに、サッと霧が晴れる、というか最悪の状況過ぎて思わずカタルシスになるのが、死ぬ間際の父親(実の父親は違う」に「乳、乳」とうわ言を聞き、幸子がおっぱいを吸わせる場面に祖母、父、ヒロイン、そして娘の4人をワンカットがスゲエ!

最大の負のカタルシスは、幸子の娘、実子が恋人に農場開拓に誘われ出資金20万円を募りに上京する件。実子は金が手に入るならと幸子の愛人とあっさり寝てしまう。私がこれまでどれだけ苦労して来たことか・・・それを瞬間でひっくり返す実子の所業にに幸子は泣き崩れた。

実子に裏切られ「さあ、殴ってよ」と言われ、そのまま殴って顔を伏せて涙も出ない、声も出せない位に衝撃を受けたままの苦悩の号泣に入る左幸子が本作のキモで、この場面観ただけで軽く入場料の元取れたんじゃない?と思う。劇映画として最高の演出力、見事だと思う。

前半でなんとも言えないイヤなムズムズ感が続いたということは、今村演出が意図した種蒔きを全て五感で感じ取っていることの証左で(笑)後半に入ると、左幸子の哀しい半生、娘、父親、母親、祖母、愛人、周囲を取り巻く人々との愛憎が一気に押し寄せて来る怒涛の展開!

乳は女の命です!幸子は赤ちゃんに授乳するおっぱいも、ゲスなオヤジに吸われるおっぱいも、そして近親相姦めいた愛情を抱いていた父親の最期に座れるおっぱいも、等しくおっぱいとして扱われる。だって、客体的に彼女を外から観察してるから、全ては欲がなせる業である。

後半に何度も押し寄せるカタルシスの源泉となるのは、全て人間が本能的に持っている欲求、性欲は勿論のこと、金銭に対する欲求や他人に対する抑えきれない嫉妬など、まあ観なくて済むなら観たくないようなwあからさまな人間のイヤな部分が次々と暴かれ続けるのでありますw

まあね、観る人を明らかに選ぶ作品だと思うし、観てダメな人は「私は生理的に受け付けません」とはっきり言って構わないと思うよ(笑)巨匠・今村昌平の作品だから無理にリスペクトする必要は無いと思う。でもねちっこい、粘着質のネトネトした陰湿な雰囲気が私はスキw

邦画の傑作の多くにある、第二次世界大戦前と戦中、そして戦後に渡る世の中の激動と、そこに生きた市井の人々の悲喜こもごもを描いた作品で、これは私の両親のような戦中世代なら観てワンワン泣いたかもしれないけど、同時代を生きた人でないと分からなそうな点も多くある。

左幸子演じるトメにとっての戦前戦中戦後は、全てが男に奉仕する、金持ちに奉仕する一直線で、女工、家政婦、売春婦、愛人を経てコールガールの元締めになるまで世間の裏街道を上り詰めていくお話で、これだけだと様にならない。で、幸子の娘の実子がキーマンとなる。

幸子自身、父親の北村和夫の子供じゃなくて、淫蕩な母親の佐々木すみ江が他の男とセックスしてできた子供。で、金持ちの家の妻子持ちの男に無理やり足入れ婚された幸子は犯されて実子を産んだ。母親と娘関係の負のサイクルが延々と再生産される田舎で差別された農家の悲劇。

実子が幸子と一つだけ違ったのは、農地を開墾する夢を持つステキな男性と出会ったこと。そのために出資金20万円を金策に回る辺りで「実子も騙されてんじゃね?」と思うしその疑念は最後まで消えないんだけど(笑)そもそも実子が妊娠した子供、これもその男が相手じゃないw

なんか暗すぎる物語の中にホッとした感じを与えてくれる新興宗教「浄土会」殿山泰司が人生お悩み相談みたいに幸子が独白する半生の苦労話をただ聞いてくれて、幸子は高価な壺とか買っちゃってwおまけに悪徳売春グループ「楽々」のドンの女とも浄土会で知り合いますからねw

幸子が「楽々」をコールガール派遣組織に模様替えして大儲けした後も、大好きだった亡き父・北村和夫の遺影の横に浄土会の高価な壺(笑)を置いて拝む姿に、宗教を持たない日本人の病理、信じる者は救われるのがまず第一で教えの内容は特に問わないような気がしてくるw

幸子が実子から父親が危篤と聞いて情夫と乗り込む汽車で食べる駅弁。「高崎にはこんなおいしい食べ物もあったのね」製糸工場での過酷な労働しか知らなかった彼女が食べてるのはだるま弁当だろうか。情夫は「どこでも一緒だよ」と呆れるが彼女には群馬だから意味がある。

実子が恋人とブルドーザーで荒れ地を開拓して農地を作っている姿になんか複雑な感情。当時はコルホーズのようなソ連式農業が肯定的に受け止められる世の中だったのか?小作農がせっかく解放されて自作農になれたのに集団農場作ってまた新たな権力者を生み出す構造が見える。

左幸子が最初の集団就職で富岡製糸場に入って、係長で組合の闘士の長門裕之と良い仲になって婦人会リーダーとしてえいえいおー(^^)/辺りまでは「ああ野麦峠」のような左翼映画の味わいさえあるんだけど、ここから急旋回。みっちり演出に手の込んだウィークエンダーだ!

「復讐するは我にあり」と姉妹編のような趣があって、あちらが殺人鬼の男ならこちらは売春組織の女リーダーだ!(←どっちも筋金入りのワルだよなw)犯罪を犯した人間の心理描写を緻密にきちんと描き出す反面、そこに善悪や肯定否定の概念を持たないのが今村流の演出だ。

大正7年トメ出生。大正13年トメの母親浮気発覚、トメ父親に初恋。昭和17年トメ製糸工場に就職、金持ちの妻子持ちの息子と足入れ婚。昭和20年トメ組合活動に没頭し製糸工場解雇。昭和24年トメ米兵の家政婦となるがシチューこぼして子供にやけどさせ解雇。ここまではほとんど紙芝居w

要は(←要は、じゃねーよw)幸子が殿山大先生に半生を悔い高価な壺を買うまでのくだりは全てが前段であり、売春宿「楽々」に勤め始めてから映画が起動する、ちょっと変わった作りの作品だけど、演出込みで壺を買うまで(←もういいよw)の場面が後からリフレインする!

幸子が「楽々」に勤め始めてからのストーリーはまんまウィークエンダーでも構わないと思うんだけどw犯罪心理学的な描写と言うか、幸子が生い立ちから両親にどう育てられたか、誰が初恋の人でどんな肉体関係の遍歴があるか、まあそれを事細かく描写していく緻密さに感嘆!

「楽々」の女将は本作の影の主役である。なぜなら、幸子は女将にこき使われ売春して四分六で稼ぎを吸い上げられる辛酸を舐めるが、そこは浄土会の仲間(笑)女将は幸子に目をかけていた。娼婦だけと淑女の雰囲気を持つ幸子には、愛人がいてなお貞操観念のようなものがある。

幸子は女将が逮捕されたのをチャンスとばかり、「楽々」のような店舗型売春は稼ぎも悪いし足も付きやすい、これからは派遣売春の時代よ!(←物凄く時代を先取りしてるw)売春婦仲間の連絡先を全て把握しておいて、オーダーがあると派遣する組織形態に変えて大成功だw

左幸子のモノホンの凄さはここから。一介の売春婦に過ぎなかった彼女が派遣売春組織のリーダーとして配下の売春婦から高額のピンハネして大儲けし始めてから、黒縁の眼鏡かけて欲の皮の突っ張ったオババに大変身を遂げる様、本作で一番の見どころで高評価されたと思いますw

幸子は派遣売春組織のドンとして金持ちになって、最初は面倒見て貰ってた愛人に金の工面してやる程になったんだけど、田舎に残して来た娘の実子には今どんな商売しているか恥ずかしくて言えない。で、隠し通そうとするんだけど上京した実子は最初からそんなこと分かってる。

実子がイケメンの恋人に誘われ農場を開墾したい、ついては20万円が必要。これをあろうことか幸子の愛人に相談し身体まで与えてあっさりと金を手に入れる実子は、幸子の子供だよなあ、やっぱりw実子はいきさつをぜーんぶ、幸子に話し「殴っていいのよ」と母に言ってのけた。

無意識のうちに実子を平手打ちした後、顔を伏せて泣き崩れる苦悩の幸子、マジ可哀想す(/_;)私は何のために生きて来たのか?娘のためじゃないことは最初から分かっていたけど、改めて娘の言動が自分の人生とモロに関わって来た時、浄土会で逃げてた自分自身の半生と直面するのよね。

幸子は売春防止法の罪で起訴され牢屋に入って一気に老けちゃう。劇中、20代~40代まで演じてるけど、実際には現役バリバリの売春婦からすっかりあがっちゃったお婆ちゃんまで演じてる。ずっと世話になってた愛人に捨てられ、実子にも縁を切られ、一人ぼっちになってしまう。

母親の愛人に身体を売ってちゃっかり出資してもらった実子は恋人の目の前で自慢のブルドーザー新車で農地開墾中。恋人は「俺も運転させてくれ」二人はラブラブかといえばそうでもない。実子はお腹に子供がいるけど母親の愛人が仕込んだ種と分かってる。でも恋人に教えないw

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