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[西洋の古い物語]「エコーとナルキッソス」

こんにちは。
いつもお読み下さり、ありがとうございます。
今日は、美少年ナルキッソスとニンフのエコーのお話です。
ご一緒にお読みくださいましたら幸いです。
※ 画像は、ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス作「エコーとナルキッソス」(1903年)です。パブリック・ドメインからお借りしました。
 
「エコーとナルキッソス」
 
ずっと昔、古き世のこと、リリオペという青い瞳のニンフに美しい男の子が産まれました。彼女はその子をナルキッソスと名付けました。誕生に際して、お告げの予言がありました。それは、もし彼が「決して自分を見なければ」かなりの高齢まで幸福に生きていくことができるだろう、という予言でした。こんな予言は馬鹿馬鹿しいと思われましたので、母親はすぐにすっかり忘れてしまいました。
 
ナルキッソスは堂々たる姿の美しい若者に成長しました。強固な手足は真っ直ぐに伸び、巻き毛は白い額に房になって垂れ、両の瞳は二つの星のように輝いておりました。彼は花咲く牧場や、道無き森をさまようことを好みました。しかし、彼は遊び友達を軽蔑しておりましたので、一緒に遊んでほしいといくら頼まれても聞く耳を持ちませんでした。彼の心は冷たく、そこには憎しみも愛もありませんでした。彼は若者にも乙女にも、友にも敵にも、関心が無かったのでした。
 
さて、近くの森の中にエコーという名のニンフが住んでおりました。彼女はかつてジュノー女神の侍女でした。彼女は顔は美しかったのですが、愛されることはありませんでした。彼女はお喋りだったのです。嘘をついたり誹謗中傷をささやいたり、他のニンフたちをたきつけて多くの悪事をさせたりしました。ジュノー女神は一部始終を知ると、ご自分の宮廷から出て行くよう、このお騒がせなニンフに命じました。そして彼女を荒れた森へと追放し、他の人々の言葉を真似て言うのでなければ二度と喋ってはならぬと言い渡しました。そういうわけでエコーは森の中に住み、ずっと若者や乙女たちの言葉を真似ては嘲っておりました。
 
ある日のこと、ナルキッソスは一人で道無き森の中をさまよっておりました。エコーは木の後ろからのぞき、彼の美しさを目にしました。そして、じっと見つめているうちに彼女の心は愛で一杯になりました。こっそりと彼女は彼の足跡をたどり、何度も愛情を表す言葉で彼に話しかけようとしました。しかし、彼女は話すことができませんでした。なぜなら、彼女にはもう自分自身の声が無かったからです。
 
そうしているうちに枝が折れる音が聞こえましたので、ナルキッソスは叫びました。「誰かいるの、ここに?」
するとエコーはそっと答えました。「ここに!」
ナルキッソスは驚き、あちらこちらを見回しても誰もいないので、叫びました。「おいで!」
するとエコーは答えました。「おいで!」
ナルキッソスはまた叫びました。「君は誰なの?誰を探しているの、君?」
するとエコーは答えました。「君!」
そして木々の間から走り出ていくと、彼女は両腕を彼の首に回そうとしました。が、ナルキッソスは森の中を逃げながら叫びました。「行け!行ってしまえ!死んだ方がましだ、君を愛するなんて!」
するとエコーは答えました。「君を愛するなんて!」
 
こんなふうに拒まれたので、彼女は木々の間に姿を隠し、緑の葉の中に赤面した顔を埋めました。彼女は嘆き続け、身体はすっかりやせ衰えて、とうとう声だけになってしまいました。今日でも彼女の声は寂しい洞窟の中に住んでいて、人々の言葉に遠くから応えるのだそうです。
 
さて、エコーから逃げていったナルキッソスは、銀のように透き通った泉へとやってきました。泉の水は汚れなく清らかでした。なぜなら、山で草を食む山羊も、その他いかなる家畜もその泉から水を飲んだことはなく、野獣や鳥たちがかき乱したこともなく、静かな水面に枝や葉が落ちたこともなかったからです。木々は泉の上に陰をなし、暑い日照りをさえぎっておりました。そして、柔らかな緑の草が泉の縁に茂っておりました。
 
さて、逃げてきたナルキッソスは疲労困憊し、喉も渇いておりましたので、泉の傍らに腹ばいになり、水を飲もうとしました。彼は鏡のような水面を覗き込み、泉の水に映る自分自身を見たのです。彼はそれが自らの姿だとは知らず、泉の中に住んでいる若者を見ているだと思いました。
 
彼は星のような両の瞳を、ほっそりと優美な指を、アポロン神にもふさわしい房をなす巻き毛を、キューピッドの弓のように弧を描く唇を、赤みがかった頬と象牙のような首をじっと見つめました。見つめているうちに、彼の冷たい心は温もりを帯び、水面に映る美しい姿への愛がわき起こり、彼の魂を満たしたのです。
 
彼は人を惑わせる流れにキスの雨を降らせました。両腕を水の中に差し込み、なんとかして相手の首に腕を回そうとするのですが、その姿は逃げ去ってしまいました。彼は再び流れに口づけしましたが、その姿は彼の愛を嘲りました。昼となく夜となく、食べることも飲むこともせずにそこに横たわり、彼は水の中を見つめ続けました。
それから身を起こすと、彼は周りに生えていた木々に腕を差し伸べて叫びました。
「ああ、そなたら木々よ、私ほど愛した者がこれまでいただろうか!恋する者で、報われない愛のためにこれほど嘆いた者をそなたらは見たことがあるだろうか?」
 
それからもう一度泉に向き直り、ナルキッソスは澄んだ流れに映る彼の姿に呼び掛けました。
「愛しい若者よ、なぜそなたは私から逃げ去るのだ?広大な海、長い道、高い山が私たちを隔てているのではない!ただの僅かな水だけが私たちを分かつのだ!愛する若者よ、なぜそなたは私を欺き、私がそなたを抱きしめようとすると行ってしまうのだ?そなたは私を親しげな顔で勇気づける。私が腕を伸ばすとそなたも腕を伸ばす。私が微笑むとそなたもお返しに微笑んでくれる。私がすすり泣くとそなたもすすり泣く。それなのに、私が流れの下でそなたを抱きしめようとすると、そなたは私を避けて逃げてしまう!悲しみが私の力を奪い、この命はまもなく尽きるだろう!若い身空で私は刈り取られる。死は苦しみではない、今や私の悲しみを取り除いてくれようとしているのだから!」
 
森の泉の傍らに横たわり、ナルキッソスはこのように嘆きました。彼は涙で泉を波立たせ、木々は彼のため息を響かせました。そして、黄色い蝋が火によって溶けるように、また、白い霜が太陽の熱によって消えてしまうように、ナルキッソスもやつれ果て、彼の体は徐々に消耗していきました。
何度も彼はため息をつきました。「ああ!」
すると悲しむエコーは森の中から答えました。「ああ!」
息を引取る間際に彼は泉を覗き込み、そしてため息をつきました。
「ああ、愛する若者よ、さようなら!」
するとエコーもため息をつきました。「さようなら!」
 
ナルキッソスは、ぐったりした頭を草の上に横たえながら、永久に両の目を閉じました。水の精たちは彼のためにすすり泣き、森の精たちも彼を悼みました。そしてエコーは彼女たちの嘆きを響かせました。精たちは彼の身体を探しましたが、身体は消え去っていました。そしてそのかわりに、銀色の花びらと黄金の花芯のある小さな花が水際に萌え出ておりました。
 
こんなふうにして森の花であるナルキッソス(水仙)は地上に生まれ出たのです。
 
 
「エコーとナルキッソス」はこれでお終いです。

エコーも哀れですが、ナルキッソスも可哀想ですね。愛する人にすげなくされることは本当につらいこと。報いられない恋は心身を蝕むのですね。

ナルシシズム(ナルシズムとも)、すなわち自己陶酔症とは、自分自身を愛の対象とすることを意味するそうですが、ギリシャ神話に登場するナルキッソスにちなんで作られた言葉だそうです。

最後までお読み下さり、ありがとうございました。

このお話の原文は以下の物語集に収録されています。

次回をどうぞお楽しみに。

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