タンジェ旧市街

アフリカ大陸の玄関口、モロッコのタンジェ旧市街。そのすぐ近くの両替所を出たところで、60歳過ぎくらいの小柄なおやじに話しかけられた。
「旧市街はそっちではない、こっちこっち」と言われ、宿の方向も一緒だったので結局ついて行くことになってしまった。(この時、一旦強引に市街から外れてしまえばよかったが、なぜかその時は立ち止まり振り返ってしまった)。タンジェの街が見渡せるところがあるから連れていってあげると言われ、そのままおやじについて行った。道中で、自分はこの街で育って、自力で言語を学んだとか、ここのレストランは美味いだとか、いろいろなことを話してくれた。彼の話はすべて聞き流した。
アパートの最上階のテラスで街並みを眺めて、写真を撮った。階段を降りてきたところで、そこに座るよう言われ、モロッコの伝統的なカーペットの宣伝が始まった。おやじとその友達らしきおやじがカーペットを広げながら畳み込む。
「これを日本の土産に買って帰ったら家族みんな喜ぶよ!なにせハンドメイドだから。小さく折りたためてサンドイッチくらいになるからカバンの荷物にもならないよ!どの柄が好き?お金はすぐに無くなってしまう。でもこのカーペットはいつまでも残るんだよ!さあ、好きな柄を選んで!」
手製のカーペットを自慢する割には、放り投げたり靴で踏んづけているのが気になった。価値観の違いはあるとはいえ、日本人に対するセールスの仕方としては間違っていると思わざるを得ない。
「どれも綺麗やけど、要らんわ。ありがとう(こんな買い方して家族が喜ぶものか)」
結構押しが強かったが、さらっと断ると相手も早々に諦め、ひとまずアパートは釈放。元の道に戻ってきたところで、
「モロッコではみんな仕事がないんだ。私も無職。だからこうしてガイドをして食いつないでいる。この後、我々が会った場所まで戻ってきて、あんたがお金を払ってくれたらガイドは終了。どうかね?」
「はいはい、構わんよ。(不本意だが、小銭だけあげよう)」
15D(デュルハム)(175円)を渡した。
「ノーノー。これはコインじゃないか。そんなのありえない。200D(2330円)はもらわないと割りに合わない。」
「あかん。それは多すぎ。」
「でも、街をガイドしてあげたし、素敵な街並みを見せてあげて写真も撮ったでしょ?200、少なくとも100はもらわないと」
「悪いけど、それは多すぎるし、100Dも持ってない(200D札しかもってない)」
「いやいや、そりゃいかんよ。普通のモロッコ人でも100はくれるよ?」
「俺はモロッコ人じゃない。」
「でも、コインだけじゃ少なすぎる。ひどい話じゃないか。ガイドもして綺麗な写真が撮れるところにも連れていってあげたというのに。」
「でも、俺はあんたにガイドを頼んでないし、俺が適当なお金を持っていないことをあんたは知りもせずにやって来たでしょ。それに後からお金の話なんか持ち出したりしてズルいじゃないのさ。あんたの話もありきたり。これはあんたのミスだわ。悪いけどこれ以上は払えない。」
「じゃあ両替に行こう!近くに店があるからそこで両替して私に100D払えばいいだろう」
「それはしない。100でもあんたには十分すぎる。」
「でも私はこれっぽっちであんたを帰すわけにはいかんのだよ。あんたはお金持ちじゃないか、なぜ素直に払ってくれない?私に正当な支払いをすべきだ。」
「だから今はその額が最適なんだよ」
「そんなはずがない!最初に友、そして今では兄弟と呼んだ仲ではないか。あんたは兄弟にそんな仕打ちをするのか?」
「あんたは兄弟から金を取るのか?」
「あんたが100D払ってくれるまで、私はあんたを離さんよ。さあ100D用意して私に払ってくれ。そうしたら後はあんたの好きにすればいい。自由に街を見物すればいいさ。」
「あかん、100は多すぎる。そんな風にされて誰が払うんだ?」
「私は仕事がないんだ。もう60を回ったんだ。でも家族がある。あんたは若いし強い。体も大きい。将来有望じゃないか!100Dくらいこの老いぼれにくれてやる余裕だってあるというもんだろう?」
「無い。貧乏旅行なんだわ。あんたは相手を間違えてる。こんな議論をしている暇があったら次のターゲットを探すべきだろう。時間の無駄だよ。」
「あんたは頭がいいんだろう?とても賢い!正当な額というのをわきまえているはずだ!」
「そう、賢いから正当な額を支払ってる。いや、この額は明らかにオーバーだ。ボランティアの方がもっと上手くやるわ。それで金がもらえると本気で思ってるの?」
「だめだだめだ。この程度の金で引き下がれるか!私はあんたについていくぞ。そうだな、ドルでどうだ?10ドル払ったら放してやる。」
「無理だって。ドルは持ってないから」
「ユーロでも構わん。10ユーロ(1370円)を払うんだ。」
「それも無い。(50ユーロ札しかもってない)それに10ユーロだって高すぎる。」
「なぜ!?街案内をしてあげたし、素敵な写真も撮らせてあげたじゃないか!」
「確かに写真は撮ったけどそんなの勘定には入らん。どこのガイドもスマホの写真代なんか取らん。」
「では5ユーロでどうだ?5ユーロ(648円)払えばもう行かせてやってもいい。」
「5ユーロも持ってない。小銭しかないんだよ。」
「ならば小銭でもいい。3ユーロ(389円)を私に払うんだ。もうコインではないか!なんてことだ!たったの3ユーロだ!」
「3ユーロもない。悪いけどそれで我慢してくれ。時間の無駄だから早く他の観光客探した方がいいよ。」
「2ユーロ!持ってるだろうそれくらい!」
「だから本当に小銭なんだよ?」
「1ユーロ(137円)!」
「だから無いって。じゃあ、ある分の小銭見せてあげようか?ほら。」
「………….」

結局、20セント(26円)を支払った。

「日本人は真面目で礼儀正しい、分別のある人だと思っていたのに。あんたのような人には会ったことがない。あんたが日本人だということが信じられない。」
「それはあんたの勝手なイメージだろう。」
握手をして別れた。それでも握手をした。

自分はこの勝負に勝ったのか負けたのか。小柄なおやじの思い通りにはならなかったとはいえ、200円相当の額を支払ったことに変わりない。大方、勝利を収めたと見せかけて、少額でもお金を支払った事実を鑑みると、この勝負、負けたと言えなくもない。少額でも彼はターゲットからお金をふんだくることに成功したのだから。ただ、こちらとしては200円失った代わりに旅の体験談が一つ増えたのだと思えば良い買い物をしたと言える。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?