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ポッドキャスト「余白な学校」〜ファブラボ鎌倉代表・渡辺ゆうかさん後編〜

rokuyouは学校の中でウェルビーイングを育む重要性があると考え、オープンに学びと学校を研究する場として、ポッドキャスト「余白な学校」を、NPO法人青春基地とともに始めました。このポッドキャストは、公立高校の中で新しい学びづくりを実践研究している学びの研究者たちが様々なゲストをお招きし、オープンに学びや学校について考えていく番組です。
Apple MusicやSpotifyなどお好きなプラットフォームからお聞きいただけます。
https://anchor.fm/yohaku-ga-gakko

ポッドキャストでは、「ウェルビーイング」と「余白」をキーワードに、新しい学びと学校の在り方について考えていきます。

今回の記事は、ゲスト、ファブラボ鎌倉 代表/一般社団法人国際STEM学習協会 代表理事の渡辺ゆうかさんの後編です。ファブ鎌倉の変遷や、ゆうかさん自身について伺っています。
rokuyouの下向依梨と青春基地の石黒和己さんの3人で対話している様子をお届けします。

【profile】
渡辺ゆうか
ファブラボ鎌倉 代表/一般社団法人国際STEM学習協会 代表理事
多摩美術大学卒業後、都市計画やデザイン事務所に従事した後、2011年5月に東アジア初のファブラボの1つであるファブラボ鎌倉を、慶應義塾大学環境情報学部教授田中浩也氏と共同設立。創造的社会における創造的市民への行動変容についての研究とファブラボ鎌倉の運営を通じた実践を行う。

前編はこちらの記事でご覧いただけます。

ファブラボ鎌倉の変遷

石黒:
ファブラボ鎌倉がスタートして10年、どのような試行錯誤がありましたか?

渡辺さん:
通い続けてもらう場所にするにはどうしたらいいのか考えた結果、あまり堅苦しくやらない方がいいということに気づきました。地域に開いた場にしていくには、そのゆるやかさがとても有効だと思います。ただ、拠点自体はずっとオープンにしているわけではなく、時間を制限し、月曜日の朝9時から12時までと区切り、それを10年間続けています。自分たちが無理のない活動形態とすることも重視しました。

石黒:
老若男女多様な方々を受け入れ、またファブラボへの関わり方も多様ですよね。その仕組みや仕掛けはどのように作っているのですか? 現在のような素敵な状況になるには、どのように耕されているのか興味があります。

渡辺さん:
初期の段階では機材利用のために電話予約できる制度などをつくっていました。すると、無料で機材が使える便利な場所になってしまったんです。 そうすると、機材を無料で使いに遠方から訪れて、前の人の作業が長引くようなことがあると「機材を使う時間がズレて困る」と怒るような方が出てきました。サービスを受けるために予約制としているので、現代的な感覚では普通なのですが、私たちが出会いたい人とちょっと違うのではないかという違和感がありました 。

これはそもそも打ち出し方が間違っていたのではないかと気づき、私たちが出会いたい人たちが訪れやすい場に改めていこうと考えるようになっていきました。私たちが出会いたい人は、日頃行動範囲が狭まっている方や日中地域にいる方です。こうした方々が訪れやすい、仕組みを模索したんです。

そこで行き着いたのが、気持ち良い朝の作業時間を掃除という協働作業からスタートするということです。わざわざ掃除をしにきてくれる人は、単なる消費者ではない関わりをしてくれるに違いありません。また、鎌倉という地域では修行の一貫でお寺を掃除する文化が根付いているので、地域に親しみを持っている人が訪れてくれるのではないかということも期待しました。さらに、一緒に掃除をすることで、関係性を構築するようなアイスブレイク的な要素も期待できると思ったんです。

また、時間の区切りを設けたのは、 この時間帯に行けばみんなに会えるということを明確にしたかったからです。逆に、時間の制限がないと誰がいるかわからず不安になることもあるだろうと思いました。

こうした仕組み作りの結果、利用者の方に毎週月曜日の朝は「ファブラボの日」と手帳に書いてもらえるようになっていきました。

下向:
ファブラボ鎌倉があることによる地域に対してどのようなインパクトがあったと思いますか?

渡辺さん:
町自体が大きく変化したかというとそうではなくて、ゆっくりなのですがいろいろな関係者が鎌倉に来るようになってきているので、その交流の中で地域の方々の意識が変容してきているのは感じます。

ただ、まだまだ道半ばという感覚もあって。例えば、人口17万人の鎌倉市民の1%もデジタルファブリケーションを体験してはいないと思うんです。まずは、ファブリケーションに触れて、世界観を知ってくれている人を増やすのが第1フェーズですね。

ファブラボの他にも、児童館や図書館で体験できるような機会を設けたいと思っていますが、活動資金が必要になってくるのでどうしても時間がかかってしまいます。

下向:
パブリックの場で行おうと思うと難しさもありますよね。仮にファブラボの世界観を鎌倉の17万人の市民が味わえるようになったらどんな変化があると思いますか?

渡辺さん:
子どもたちに “ないならつくろう” という意識が広まっていくのではないかなと思います。そうなってくれたら、嬉しいな。

私は交通事故で1年間ほどリハビリ生活をしていたことがあり、ハンディキャップを持った方への思いもあります。例えば、肢体不自由の子どもたちは成長していくと、自助具を買いなおさなければなりません。しかし、保険も適応されないものも多く、非常に高額なんです。そのため、学校現場では手作りをすることも多いです。ファブラボに集う方々とこうした現状に変化を起こせる人ではないかと思います。

デジタルツールは1人1人に合わせられ、即座にアイデアを形にし、すぐに使える実装性があります。そうした活動を通じて、年配の方や身体の不自由な方などが家でも働けるようになったり、外に出るきっかけになったりするのではないかという思いもあります。パワーのある人が活躍できるのではなくて、 ハンディキャップがあっても、 “デジタル技術で解決できるかも” と思える人が増えるだけでファブラボが存在する意義があるのかなと思います。そこのマインドを醸成できたら成功ではないかと思っています。

ファブラボスタート時の思い

石黒:
(渡辺)ゆうかさんご自身についても聞いてみたいと思います。ファブラボとはどんなふうに出会ったのでしょうか?

渡辺さん:
2010年に六本木ヒルズで「世界を変えるデザイン展」がありました。その展示がきっかけになりました。本業とは別に大学時代からウェブライターをしており、交通事故から復帰した時に、編集長に「この企画展の特集をしたいからやらせてほしい」とお願いをして、すべてのワークショップに参加しました。

展覧会の全ワークショップに参加した最後に、その後一緒にファブラボを立ち上げることになる慶應義塾大学環境情報学部教授の田中浩也先生のプレゼンテーションがあったんです。田中先生はボストンのマサチューセッツ工科大学に留学し、ファブラボの提唱者であるニール・ガーシェンフェルド教授のもとで研究をなさっていたタイミングでした。そのプレゼンテーションを聞いていて「これだ!」と思い、1週間ぐらい考えて田中先生にメールを送ったんです。その時、ちょうどファブラボジャパンが立ち上がったばかりの時期で、遊びに来ないかと誘われて、団体の勉強会に参加してみることになりました。行ってみると、多くの方が私の出身校の多摩美(多摩美術大学)の関係者だったこともあり、すぐに打ち解けました。

石黒:
田中先生のお話のどのあたりに「これだ!」と思われたんですか?

渡辺さん:
何か一つのポイントに惹かれたというよりは、いろいろな要素がカチッと噛み合ったんですよね。私自身の海外の生活経験、自分が事故に遭って働き方を考えていた時期だった、それに伴いオンラインで学んでいた、こうした背景が組み合わさり、「オンラインで学ぶだけではなくて、実際に作れる場ができる」ということに可能性を感じたんです。それをきっかけに、クリエイターの新しい働き方が広がるのではないかといろいろなパズルのピースがはまっていき、「これだ!」という閃きに結びついたのだと思います。その当時はここまで言語化はできていませんでしたが。

下向:
「これだ!」という感覚はアップデートされていくものでもあると思うのですが、ファブラボに対してはどのような変遷がありましたか?

渡辺さん:
「これだ」という感覚が、クリエイターの新しい働き方や学び方につながると思うようになったのが、一般社団法人を立ち上げてファブラボの運営をスタートさせる2015年のタイミングです。

私自身、ものづくりの経験は美大やデザイン事務所で働いている時にしてきました。ただ、先生には「渡辺はものを作るのではなくて、仕組み作りの方が向いている」と言われていたんです。当時は認めることができませんでしたが、自分の特性として、ものを細部まで作り込むよりも、その場が持っている作用を考える方がわくわくすることにようやく気づきました。例えば、ファブリケーションで人の思考や行動が変わっていくのを見ることがとても好きです。それは、教育をするのではなく、学び方自体を獲得していくことを見るのが好きなのだと思います。ファブラボが、新しい学び方を獲得するような場になっていくと、1人1人がもっと楽に生きることができるのではないでしょうか。

学び方の特性は人それぞれ異なりますよね。私自身、英語学習の際には聴覚の方がインプットされやすいことにある時気づきました。それまでは必死に書いて覚えようとしていたんです。こうした経験から、もっと効率的に自分の才能を伸ばす方法があるかもしれないと思うようになりました。自分にはどんな学び方が向いているのかを発見するだけでも大きな変化なのではないでしょうか。ファブラボを訪れる人にどのような作用が起こるのか楽しみにしています。

成長はしっかりどっしりゆるりと見守る

石黒:
グッときたシーンや印象深い出来事はありますか?

渡辺さん:
たくさんありますが、ファブラボで出会ったある生徒の話をしたいと思います。
私から見るとその子はすごく個性を持った子でしたが、先生からは「普通」と評価されていました。その子はファブラボに来るようになるとどんどん外に飛び出すようになり、先生からの評価も変わっていきました。そもそも学校の中では、ファブラボに行く生徒の方が限られています。自分の個性に目を向けて、思いのまま行動を続けていると、周囲にも少しずつ認知されるようになっていったのです。

中には、学校になかなか馴染めない子どもたちがきてくれることもあります。草むしりのお手伝いという口実にファブラボに来るのですが、実際は話を聞いてほしいんですよね。こうした子たちに変化のスピードを求めてはいけません。長いスパンで見る必要があります。

下向:
本当にその通りですよね。教育や学びとは、いかに種を蒔くかの作業だなと思います。その種が確実に芽吹くかはわからない。しかも、限られた期間で自分が期待する咲き方や実り方をするかは、ましてわかりません。この種はパッケージに「3ヶ月で咲く」と書いてあるから3ヶ月待とうといった話ではなく、しっかりどっしりゆるりと構えておくことが大事だなと感じています。

前編で話したような評価の話に戻ると、期日までに一定の成果に達しなくてはならないというプレッシャーが学校教育の中にあるからこそ、ファブラボのようなどっしりゆるりと受容してくれている場が生徒にとっての安心感につながるのでしょうね。

渡辺さん:
面白いのは、大学卒業して社会人なっても悩みを相談しに来てくれるんです。社会の一般的な常識でいういい会社に就職した子も悩みを相談しにくるんですよ。学校や会社の評価軸ではない考え方で一緒に考えることができる場だからではないでしょうか。「そこで一生懸命考えて出した答えであればどんなものでも正解で、10年後、20年後に振り返った時に後悔するのであればそれはしない方がいいのではないか」というようなことを話しています。

石黒:
ファブラボ鎌倉は大学生でも社会人でも、仕事を辞めても、どのタイミングでもいつでも行けるというのがすごく大きいんでしょうね。

作りたいものを作る時に大事なのは、やらないことを決める

下向:
自分が作りたいものを作る時に、多くのものをとりこぼしてしまうという悩みがあるのですが、どんなふうに作っていくとよいのでしょうか?

渡辺さん:
アイデアを形にする時には、やらないことを決めることが大事なんです。相談することは大事なのですが、いろいろな人の意見を聞きすぎると迷子になります。例えば、水の中にいろいろな色を混ぜたら、結局何色かわからなくなるじゃないですか。そのため、アイデアの純度を上げていくためには、削っていくことが完成度を上げていく行為なんです。そして、何を削るかを考える際には、自分の感覚にフィットしているか否かを軸に選択するのがポイントです。自分にフィットしているかよくわからなくても、感覚的に「こっちだ」というときめきを大事にしていくと、自然と完成度も上がっていきます。

下向:
悩みの背景には、ロジカルに説明できなければいけないという固定概念があると思うので、作りながら学ぶのは大事だと感じました。

渡辺さん:
中高生のグループワークでアイデアを形にしていく時、どうしてもメンバーの意見が盛り込まれすぎて、わけがわからないものが出来上がることも多くあります。もっとチームでフィットするものを取捨選択していけたら、とてもいい作品へと磨いていくことができるのではないでしょうか。自分1人でフィットするものを選択する時とチームで選択する時とでは、後者の方が大変だと思います。でも、メンバーで「なんか、わかる!」「そっちが僕たちっぽいよね」と抽象的な対話ができるような関係性が築けたらいいチームになっていけますよね。

ファブリケーションを文化にするために

石黒:
渡辺さんの今後の展望を教えてください。

渡辺さん:
どうしたらファブが文化になるかということをよく考えています。そのために、今ある場所をアップデートしていくにはどうしたらいいか、また、地域の持続可能なファブリケーションとの関わり方とは何かに思考を巡らせています。また、立ち上げ当初から、「人」を軸に考えているので、その文化を広げていくにはどうしたらいいかについても検討しています。

石黒:
ファブラボはまず3Dプリンターのデータをオープン化し、スケーラビリティに対する気配りと実装が上手だという印象があります。データを共有する部分と文化として根付く、この2つがセットだということなのでしょうか。

文化を耕すといった時に、学校や公民館、市役所のような既存の施設が対象になると思うのですが、パブリックセクターはしがらみが多くなる問題もありますよね。しかし、地域に接続するためには、そうした窓口以外は考えにくい……。

私たち自身も学校をどうしたら減点法的ではなくてお互いを認め合えたり、自己表現できたりするような場所にできるのかを日々考えています。既存の組織の変化を促していく難易度の高さをどう乗り越えていこうと考えていますか?

渡辺さん:
意識がある自治体が残っていくと思うので、そこの組長さんや校長先生、教育委員会から理解を促していくことが必要ではないかと思っています。以前、ファブラボ鎌倉に山口県の校長先生が訪ねてきてくださったことがあり、それがきっかけで総務省のプロジェクトを一緒に行うようになったことがありました。

先生方の中にも何かを変えたいけれど、自分1人では難しい、予算がないということで悩んでいる方は大勢います。そうした先生方と 一緒に組んで、プロジェクトを行って実例をつくっていけるといいですね。そうした経験が新たな価値観を築いていくことにつながると思います。現在は意識のある方々も多いと思うので、今すぐにはできなくてもアンテナをはって自分の周波数を高め、これだというタイミングで協働できるように準備をしていれば、そのタイミングは必ず訪れると思います。焦らず、期は熟した時に来るので、それでいいのかなと思います。

下向:
渡辺さんの人に対しても社会に対してもタイミングがある、でもただ待つのではなく周波数を合わせておく、感度を高めておくという姿勢が素敵だなと思いました。私も焦らずタイミングを見計らいながら教育のアップデートを図っていきたいと思います。


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