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チェンジメーカーを育てる”SEL”と出会うまで ー『世界標準のSEL教育のすすめ 「切りひらく力」を育む親子習慣 学力だけで幸せになれるのか?』よりー(後編)

前回から2本にわたり、rokuyou代表・下向依梨がSEL(Social Emotional Learning)に辿り着くまでのヒストリーをお届けします。

スイスの高校で学びの楽しさを味わい、一冊の本から「ソーシャルアントレプレナー(社会起業家)」の存在を知った下向。大学で社会起業家の研究に没頭します。そして、社会にポジティブな変化をもたらす人材がどのように育つのかを探究し、その答えがSELにあることに気づきます。

今、学校や社会に違和感を覚えたり孤独を感じたりしている子どもたちやその保護者の方に役立つことを願い、人生を振り返ります。(下向依梨著『世界標準のSEL教育のすすめ 「切りひらく力」を育む親子習慣 学力だけで幸せになれるのか?』(小学館)より抜粋)


社会起業家が持っている力とは

大学時代もさまざまなことにチャレンジしました。高校時代は英語で授業を受けていたので、正直、日本語の授業や研究には苦労しました。言葉がスッと出てこないもどかしい感覚があったのです。考えていることがあるのに、ピッタリ当てはまる表現が出てこない。その悔しさから、「言葉なんて信用したくない」とすら思っていました。

心の奥にある言葉にすることもできないけれど、確実に存在している何かを、外に出して人に伝えるためにはどうしたらいいのだろう......。この自分自身の課題が、大学時代の研究につながりました。

大学ではパターンランゲージという、暗黙知・経験知を言語化するアプローチの研究に打ち込みました。

例えば、バスケットボールの試合で重要な場面で必ず決められるエースがいたとします。 それを、「その人だからできること」として片づけるのではなく、バスケットボールの素人であったとしても再現できるような言葉に落とし込んでいく試みがパターンランゲージという手法です。「相手がこう動くので、こんなミスをしがちだが、そのエースはあえてこんな動きをする」と、コンテキスト(文脈)とプロブレム(問題)と解決策をセットにして書くことで暗黙知を共有していきます。

私は、パターンランゲージの「言葉にならないことを言葉にする」という矛盾に満ちた研究に魅了されました。失いかけていた言葉に対する信頼感を再び持つことができるかも しれない。言葉への限界と期待が渦巻いていたからこそ、この研究のおもしろさを感じていたのだと思います。

当時の私の研究は、パターンランゲージを使って、社会起業家に必要なマインドやスキルを言語化するというものでした。社会起業家を追いかけ、インタビューし、彼らのような人がどうやったら育まれるのかを研究しました。この研究に打ち込んだのは、社会に何らかの変化をつくり出す人がたくさん育まれていくことで、10年後、20年後の社会が必ず変わっていくはずだと確信を持っていたからです。

研究を重ね、実際に社会起業家を育成する教材を構想して、教育プログラムを提供できるまでに至りました。英語で論文を書いて出版もしました。このプログラムで、まずは同世代や少し下の世代の社会起業家を育てようと、大学生や高校生向けにラーニングキャンプを開催しました。彼らがどう変わるのかをワクワクしていました。

しかし、そこで私は壁にぶつかります。練りに練ったプログラムを全力で提供しても、響く人と響かない人がいたのです。

何回かプログラムを繰り返す中で、プログラムが「響かない人」の共通点が見えてきました。響かない人たちは、内面で起きている葛藤や違和感に目を向けたり、揺れ動く気持ちをとらえることをあまりしていませんでした。また、気づきや感情を他者に素直に伝えることに難しさを感じるように見受けられたのです。加えて、新しいことに挑戦したり触れたりすることへ消極的な姿勢も見られました。

誰しもがチャレンジは怖いし、自身の内面をのぞき見て、向き合うことにはストレスを感じるものです。しかし、そうした思いを抱き締めながら恐る恐る一歩を踏み出す。切りひらくということは、そういうことであるはずです。しかし、プログラムが響かない若者たちは、踏み出すべき一歩を見ないふりをしたり、「できない」と最初から諦めていたりする節がありました。

そのうちに、「私たちのプログラムは、この人には響かないんだろう」と予測がつくようになっていきました。「プログラムが響かない人は仕方ないよね」「それよりも多くの人に響いていることのほうが大事だ」と諦めることもできます。

しかし、私はどうしてもそれができませんでした。
「誰しもが可能性を持っているはずなのに、それを私は諦めてしまっていいのだろうか......」
自問自答を繰り返しますが、「誰かの可能性を諦める」という決断を下すことはできませんでした。

当時のプログラムは、パターンランゲージによって明らかにした社会起業家に必要なスキルセットやマインドセットを伝えたり、それを練習したりしながら身につけていくという内容でした。悔しさの中で、自身のプログラムを振り返ると、「響かない人がいるということは、私のアプローチが違うんだ。逆に考えれば、響かない人でも響くような教育アプローチがあるはずだ」という思いに至ります。

プログラムが響く人と響かない人をよくよく観察していくと、そもそもスキルセットやマインドセットを身につけるためには、土壌・土台が必要なのではないかと気がつきます。

その土壌を表現することは難しいのですが、あえて言語化すると「マヨネーズのような人間の柔らかな核」の部分です。

この部分にアプローチする教育方法はないだろうか。私の関心はそちらへと向かっていきました。そして、自身の思考をアウトプットするために「私の教育アプローチが響く人と響かない人がいるのはなぜなのか」「人間のマヨネーズのような柔らかな核にアプローチする方法はないのだろうか」とFacebookに日本語と英語で投稿しました。

すると、スタンフォード大学で教育学を研究している知り合いから、「それはnon-cognitive skills (非認知能力)ではないか」とコメントがあったのです。

このコメントをきっかけに、スキルセットやマインドセットを身につけるための土壌・ 土台とは発達心理学の領域でいう「非認知能力」らしいと行き着きます。

今でこそ、非認知能力は多くの方に知られる概念になりましたが、当時の日本ではほとんど研究が進んでいませんでした。そこで、私は研究が進んでいるアメリカへ渡ることを決意したのです。

非認知能力を耕すSEL との出会い

ペンシルベニア大学教育大学院在学中、非認知能力を高めるアプローチを追いかける中で出会ったのが、「トリプルフォーカス」です。「トリプルフォーカス」では、非認知能力とされるコミュニケーション力や意欲、忍耐力などを、「自身」「他者」「外の世界」のつの視点から育むことが重要だと説いていました。そして、大切なのは、「自身」「他者」「外の世界」をバラバラに理解するのではなく、つなげて全体としてとらえることだと知りました。

この「トリプルフォーカス」を実現する試みがSELです。「トリプルフォーカス」については、EQ(心の知能指数)の研究者であるダニエル・ゴールマンと『学習する組織』を書いたピーター・センゲの共著が『21 世紀の教育』(ダイヤモンド社)として日本語訳されています。私も同書の巻末にSELの解説を書いているので、より詳しく知りたい方は参照してください。

SELは、自分への気づきを深める力(自己理解力)、自分の感情とうまく付き合う力(自己管理力)、他者への気づきを深める力(共感力)、他者と良好な関係を築く対人関係力(社会スキル)、責任ある意思決定ができる力(意思決定力)という5つの能力を育むアプローチです。

SELに出会ったとき、私が「まさしく、そのとおりだ!」と思ったのは、「自分」と 「他者」だけでなく、「社会(外の世界)」に目を向けていることでした。

社会起業家の研究をしていく中で、「自分」や「他者」への目線を深掘りするだけでは、「どうすれば社会課題を解決するために歩み出していけるのか」という問いに答えることはできませんでし た。

自分や他者への視点が社会へとつながっていく。このつながりを「outer(アウター)」と呼びますが、このシステムのつながりこそが、私の求めていた学びでした。さらに、「こうしたことを思っているのは自分だけではなかったんだ」という安心感や喜びも同時に湧き起こりました。

誰もがチェンジメーカーになれる

「社会起業家を育てたい」という思いからスタートした私の研究ですが、教育現場に働きかけている今も地続きで同じことに取り組んでいます。「社会起業家」とは、事業を起こす人に限定されがちですが、要は「チェンジメーカー」のことです。

どのような社会にも大なり小なり「もっとこうなったらいいな」ということはたくさんあります。その身の回りにある課題を解決しようと取り組む人すべてがチェンジメーカーであると私は考えています。私の目指すイメージは「課題の地産地消」。「生まれては解決する」という循環をその土地で行うことができれば、幸せで豊かな社会の実現につながっていきます。

人間は誰しもがチェンジメーカーになるポテンシャルを持っています。家庭、職場、地域、そして世界。それぞれの領域において変化をもたらすことができます。これらは単なる範囲の違いです。自分の関心がある領域をより良い方向に進めていけるようなチェンジメーカーとして、「切りひらく力」を育めるように子どもたちへのアプローチを続けています。

探究学習を下支えするSEL

現在、小中学校では「総合的な学習の時間」、高校では「総合的な探究の時間」が導入され、学校現場における大きな学びのシフトチェンジが起きています。私が経営する株式rokuyouでも、高校の「総合的な探究の時間」に伴走する事業を実施しています。

「総合的な探究の時間」では、生徒ひとりひとりが、自分の興味関心に基づいたプロジェクト(マイプロジェクト)に取り組みながら、自己理解と社会への接続に向けた探究を行っています。

しかし、生徒たちに「自分の好きなことをやっていいよ!」「自分の興味関 心からテーマを決めていいよ!」と伝えると、生徒たちは困惑します。これまで、「好きなこと」や「興味関心」を中心に置いた学習をしてこなかったのだから無理もないと思います。

「こんなことを言ったら注意されそう」「これは学校っぽくないテーマだよね」とジャッジが働いて思ったことが言えない子が多くいます。あるいは、自分の興味関心に目を向けることやそれを表現することに慣れていない生徒もたくさんいます。そのため、rokuyouでは、子どもたちがジャッジを手放し、自身の内側に目を向けるSELのワークを通じて、探究の土台となる、自己理解、協働性、共感などを育みます。

そうやって学校と協働して環境を整えていくと、「切りひらく力」を発揮する子どもたちが何人も出てきます。私たちが沖縄で主催している高校生が自分の好きなテーマを見つけて探究し、その成果を発表する「全国高校生マイプロジェクトアワード」に登場してくれた高校生の例をご紹介します。

その生徒は、自分の気持ちを伝えたり、自分がどういう状態なのかを冷静に把握したりすることに、強い苦手意識を持っていました。

人間関係の中でストレスを感じ、パニックになることもあったといいます。
そこで彼女は、自分の課題に向き合い、「気持ちと付き合うためのノート」を開発しました。 以上のプロジェクトの発表がなされる中で、彼女は教育関係者などで構成される審査員から高い評価を得て、大会の最後に「みんなに知ってほしいプロジェクト」として300人以上の観客の前で発表することになりました。

しかし、彼女は沖縄県で開催されたステージにおいても、「私だけオンラインの発表にできませんか。対面でステージに立つのはちょっと......」と渋っていました。何百人もの人を前にする会場での発表は彼女にとって負荷が大きいのではないかと、運営メンバー全員が頭を悩ませました。

そして、彼女自身に相談してみることにしました。すると、葛藤を見せながらも、彼女は大衆の前で発表するという決断をしました。

大会出場を経て、彼女は自身の気持ちへの理解を深めていきました。その際に使ったのは、自分で開発したノート。探究テーマを自分の身をもって深めていったのです。結果的に素晴らしい舞台となりました。自信をつけた彼女は、クラウドファンディングの実施や開発したノートの発売にまで歩を進めました。

さらに、高校3年生になると、自分から手を挙げて、マイプロジェクトアワードとは異なるもっと多くの観客が集まる、しかも起業家や投資家がズラリと並んでいるようなイベントへ登壇し、プレゼンを完璧にやってのけました。

私たちは彼女に機会を提供したにすぎません。道を切りひらき、成長していったのは、彼女自身です。こうした姿を見ると、学びの主体を子どもに戻していく探究学習を真の意味で実現すれば、「切りひらく力」を伸ばす子どもがもっとたくさん増えるのではないかと思います。

私はいつも子どもたちが自ら伸びていく姿に、学び、励まされ、やはり人は生まれながらにして美しい存在なのだと思いを深めます。学びはそれを耕す術にすぎません。

私は、学びの仕掛けづくりを通じて、多くの子どもたちの「切りひらく力」が育まれる土壌を耕していけるよう諦めずに、大胆に進んでいきます。

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下向がSELに出会うまでのストーリーだけでなく、課題に応じたSELの処方箋やSELワークなどを掲載。お手にとってご覧ください!

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【前編もあわせてご覧ください】


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