ずっと自分のために書きたいと思っていたものがあって、それが、キタニタツヤの「プラネテス」について、文字にして考えるということ。今日はそれをあえて、公にさらして書いてみようかと。 「プラネテス」は、たださらっと聴いていたならば、いや、深く考えずに聴くと、素敵なラブソングなのかもしれない。サビは、まさにそういうニュアンスが強いと思うのだが、宇多田ヒカルの「あなた」のように、その対象が恋愛対象だけではないような感覚も少しばかり感じさせる。キタニタツヤの魅力としては、この曲が要
去年noteを書くことを目標に掲げていたにも関わらず、全く書かないままで、気付いたら今年も目標に掲げたのに、もう今年も半分を終えてしまった上に、前の投稿から軽く1年が経過していた。去年下書きを書いていたものを投稿せぬまま放置してたのも一因だろう。 改めてnoteを書こうと思ったのは、Twitterがちょっとおかしなことになりつつあるのと、津村記久子著「苦手から始める作文教室」(ちくまQブックス)を読んだからでもある。文章を書くことを、定期的にやっていた10代から、年を追
去年から、あれだけnoteを書く書くといいつつ、まったく書かなかったので、年始に決意表明したものの、それもまた実行できずに半年が経過しようとしていることに気付き、「そろそろやらないと去年より書かないまま終わる。」と思い、タイピングの練習をやるくらいnoteを書いたらいいのではないか、という発想から、書くハードルを下げるために、こうしてキーボードをタイプしている。 正確に言うと、noteを書かなかった根本的な問題として、noteの文章を書くのは、どうしてもPCがいいという
今日から冬の土用と言われる期間に入った。土用と聞いても、ほとんどの人が夏にある『土用の丑の日』のことくらいしかビンと来ないかもしれない。いや、それがきっと普通なんだろうと思う。別段気にすることもないのかもしれないとは思うし、気にする機会がないと、なかなか考えないことだとは思う。あえて、夏にではなく冬に、土用についてなんとなく書いてみたいなと思ったのだ。 土用って一体何? 土用というのは、二十四節気の立春・立夏・立秋・立冬の前日までの18日間の期間を指す。そして、
年が明けた。なんとなく去年を振り返っていて、目標としていたnoteを書くというのを、出来ていない自覚はあったが、最果タヒ展以降まったくできていなかったのだと知ると、まともにこうしてPCに向かって文章を打つということをせずに8か月近くにもなるかと思うと、ちょっとびっくりした。そして今日は、お日柄的に、天赦日と一粒万倍日と寅の日が重なる良い日というのは知っていたが、色んなものが重なっているようなので、まぁ決意表明でもしようかなぁって漠然と思ったのである。(更新は日付を越してしま
3月、関西に写真教室に行くついでに、やりたいこと全部やってやろうと思っていた1つが、最果タヒ展へ行くことだった。 私は最果タヒの詩集を手元に持っている正しい読者ではないのだけれど、最果タヒの詩に触れる機会が何度かあって、文章のようだけど、やっぱり詩で、なんか違和感があるけど成立している。そういう言葉の組み方と、私が文章を書くときに、センテンスが長くなるからと意識し過ぎて逆に付けすぎてしまう句読点をふんだんに盛り込んでいるのに、あまり嫌な感じを与えないどころか、それが音符の
気付いたら、最後に書いたnoteがGRAPEVINEの神奈川のライブになっている。5ヵ月くらい、文章らしい文章を書いていなかったということだ。 なので、今日は特段トピックスもなく、ただだらだらと、この5ヵ月の間考えてたこととかを書いてみようかな、と思う。 本当に暇つぶしにしかならん話ですけど、人の日記を覗き見るような感覚をよければ楽しんでください。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー この5ヵ月、何もしていない訳ではないが、継続して目標に取り組む、とい
GRAPEVINE FALL TOUR 2020 神奈川県民ホール 大ホール11月1日(日) ずっと見たいと切望していたGRAPEVINEのライブにやっと行った。最後に見たのが、20周年だったので、3年振りになる訳だ。なんで、そんなに見たかったのかと言うと、去年のライブで、中村佳穂ちゃんとの対バンに始まり、『ALL THE LIGHT』のTOURに行ったフォロワーさんの熱量がすごかったことに加え、去年のFALL TOURの追加公演に行きたかったし、完売していなかったから行
もうかれこれ2年前に発売されていた三浦大知の『球体』を、やっと買って聴いている。何故、今になってって感じなのだけれど、これにはちゃんと理由があって、『球体』は、どうしてもDVD付きで買って、必ず通しで聴いて、そしてDVDを見ると決めていたから。だから、Spotifyでもあえて聴かないでいた。それで、やっと買ったという訳である。 ずっと、CDウォークマンでイヤホンを介して聴いているのだけれど、イヤホンで聴いたことが、とてもよかったのかもしれない。『球体』の世界観が、ダイレ
すべて思うがままに、心のままに行動できるのであれば、誰だってそうするんじゃないだろうか。買いたいものを買い、行きたい場所へ行き、やりたいことをやる。そうできたら、何も思い悩むことなんてないのかもしれない。 自分に行動力がないと思っている訳ではないけれど、やりたいことを全部できる状況にないことは確かではある。例えば、私が今いる土地を離れたいとずっと3年くらい言い続けていることを、行動できないと言われればそうだろうし、そこに対して反論はできない。「そうできるように計画的に動い
最近音楽の話を書いてないので、書こうかな、などと思い、私が独断と偏見で推したい、主にインディーズアーティストの音源等について書く第2回をやろうかなと。 さて今回推すのは以下の2組です。 1.sitaq 2.大石晴子 1.sitaq このバンドに出会ったのは去年の年末あたりで、何で聴こうと思ったのか、その発端に心当たりがありすぎてはっきりと覚えていない。あ、シタクと読むのです。支度という意味も含むようで、クレジットにも記載されている。名古屋出身の4人組で、現在も名
心にぽっかりと穴が開いているという感覚を、持つことがなく生きていけるなら、どんなにいいだろうと思ったことがある。ちょっと前に出ていた某精神科医の記事をやっと読んで、その中にこんな文言があったのもあり、読後に私が1番に思ったことだった。 ここから書く話として、私は経験者ではないし、専門でもなく、調べてそれなりの知識がある訳ではないので、語弊を与える可能性がある。それを覚悟して書くし、異論もあることはわかりつつ書いていることを、前置きとして書いておきたい。そう書いておくことが
自覚はある。あんまり出さないように気を付けてはいるけど、完全に自分はこじらせている。いや、世の中にこじらせていない人なんているのだろうか。多かれ少なかれ、そういう部分は少しは持ってはいるんじゃなかろうか。 去年酒井順子さんの『an・anの嘘』という本を読んで、自分がもし20年早く生まれていたなら、完全なるリセエンヌだと断定できるくらいに、自分がしたい恰好しかしないし、スカートを基本はかないし、現代あるような流行りのガーリーなんかしたら、もう似合わなさ過ぎて絶望するから、自
一昨日、バインファンでもありCOMPUTERKIDSというバンドのボーカルをしているケンヤさんが、インスタ配信をやってる時に、「新しい」について話していたこともあって、自分の中での「新しい」について書いてみようと思った。 「新しい」というのは、普通の意味で考えると、買ってきたばかりのものだったり、とれたての野菜だったり魚だったりの鮮度とか、季節が変わる時に売り場の商品が変わって今までにないものが置いてあることだったりする。だけど、そういう「新しい」ではなくって、作品とかに
今年に入ってから、こんな感じとよく似た時期があったよなって思い始めて、「これは18の時と似た感じだな。」と、気付き始めたのが1月末辺りだっただろうか。何が似てるってそのどん底感というか、自分が何故今に至っているのかを、考えざるを得ないというか、そろそろ振り返るべきなんじゃないか?と言われてる気がした。 高2の頃から、母の友達の息子に家庭教師をしてもらっていたことがあった。彼は一浪して国立大学に進学していた。勉強を見てもらった期間としては、1年半くらいだったけれど、その中
ちょっとスピッツのことについて書いてみたなって思ったので、書くことにする。 私はスピッツに、ミスチルと同じくらいに出会ってそれからずっと聴いている訳だけれど、すごく好きなのに、ファンクラブには1度も入ったことがない。本当は入りたい気持ちがあるけれど、なんとなく傍観していたい気持ちもあって、その距離を一定に保っているリスナーでいたいなどと、おこがましいことを思っているのである。 いや、まぁ、単純にお金がないだけで、ライブに確実に行くならば、入ったにこしたことはないのだけ