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目薬はまだ進化できる。そう確信した、ものづくりの会社にとって大切な「UXデザイン」の3つの観点

私たちは、1909年に「ロート目薬」を発売してから110年以上にわたり、効果や効能はもちろん、差しやすさや使いやすさにもこだわって、さまざまな改善を行ってきました。

つい先日も、「ロート Cキューブ」というコンタクト用目薬ブランドのリニューアルを発表しました。処方を刷新するのに加え、容器ラベルを一部削減したり、添付文書を箱の内側に印字する形でなくしました。

お客さんがより使いやすい目薬の形を追い求めた結果、環境への配慮にもつながった改善でした。

今回のnoteでは、ロートがこれからも目薬を筆頭に、よりよいモノづくりを通じてお客様の健康を支えていくため、世界を舞台に活躍するデザイン・イノベーション・ファームTakramの田中さんをお招きして「UXデザイン」についてお話を聞きました。

ものづくりにおけるUXデザインとは何か、その観点をロートがどう活かせるか、ロート製薬のプロダクトマーケティング部でマネージャーを務める布留川(ふるかわ)を聞き手に、じっくりと対話させていただいた結果、大きな気づきがいくつもありました。

対話して気づいたポイント
・ものづくりで「製品」ではなく「体験」を突き詰めるのは、UXの観点で合理的
・UXデザインは、認知・購入・所有など一連の体験ひとつひとつに向き合うことが重要
・人の暮らしが変化し続けるから、UXの改善点は尽きない

いずれの点も、私たちと同じく、ものづくりに励む企業で働く方や、人々のライフスタイルの変化がビジネスに影響する方に、役立てていただけると感じています。ぜひ、最後まで読んでいただきたいです。

もの中心ではなく、お客様中心にものを捉えること

ロート布留川:私たちはものづくりを通して、お客さんと向き合っています。たとえば、目薬一つとっても、法律を始めとした制約がある中で、お客さんの気持ちや使い勝手にこだわって、110年以上に渡ってつくり続けてきました。

でも、これから先も、もっと良いものをつくりたいし、良い体験を提供したいと思っています。

そこで、私たちのものづくりに、お客様を中心として捉える「UX(ユーザー・エクスペリエンス)」という概念を当てはめると、どのような新しい発見があるのか、気になっていまして、今日はぜひ、田中さんとお話してみたいのですが、まず、UXってどういう考え方なのでしょうか。

布留川透(ふるかわ とおる) / ロート製薬 戦略デザイン本部。
長年、商品や容器の仕様などアイケア商品のものづくりに携わってきた。

Takram田中:平たく言うと、文字通り「ユーザーの体験」なんですが、布留川さんも、ものづくりの過程で、使い手にこんな体験を提供したいと考えることがありますよね。

その体験が、実際に起きるように様々な仕組みや製品、サービスまでデザインするという考えが「UXデザイン」だと思います。人にとっての体験をいかに良くするかが考えの中心になり、扱う範囲が広くなるため、「やさしい物差し」として扱うのが良いですね。

田中 尚 (たなか しょう)/ デザイン・イノベーション・ファームTakram所属。
事業やサービスなどのビジョンを言語化、可視化したり、実際の製品の開発やデザイン、体験の設計をクライアントと一緒に取り組む。

布留川:なるほど。例えば、目薬の新しい容器をつくるには、とても時間がかかります。容器の金型を起こしたり、資材調達はもちろん、薬としての処方の申請プロセスなどを含めて、開発には少なくとも1年半ほどは必要で。

そこで田中さんに聞いてみたいのが、UXはウェブの世界でよく耳にする言葉なんですが、こういう、開発に長い時間を要する製品のUXは、どのように考えていけば良いのでしょうか。

UXの観点で、体験ごとに分解し、一つ一つのフェーズに真摯に向き合う

Takram田中:そうですね、UXを取り入れる時には、認知・購入・所有など、一連の体験を細分化して考えてみるのが良さそうです。

たとえば、目薬をより良いものにと考えるとき、まさに目に差している時を想像すると思いますが、体験はその前後までつながっている。

ユーザーはメディアを通じて、あるいは売り場でその商品を知って購入するし、使い終わったあとの捨てやすさとか再利用する行動まで、全部つながっていますよね。

全体を新しくしようと考えるのも良いですが、使用するシーンの周辺ニーズが変わっていくので、体験を分解して、ひとつひとつ見直して行くことで、時代にあったものをつくり続けていけるんだと思います。

布留川:共感できます。私たちも、できるだけお客さまの立場を想像して、色々なブランドを開発してきました。今回のCキューブの発表でも、使っていただく瞬間だけでなく、捨てるときの配慮に触れていますが、とくに潮流が変化してきているポイントと考えます。

これから更に、メーカーが社会や環境への影響をしっかり視野にいれて、責任を持ってモノづくりをする重要性は高まっていく。だから、ロートとしても製品のUXを念頭に置いて、開発していきたいと感じました。

目薬は「ちょっと不思議な薬」

Takram田中:そもそも目薬って、ちょっと不思議な薬だと思うんですよ。ほかの薬と比べて独特で、「成分」だけでなく、容器の形が持ちやすかったり、目に入った時の差し心地が気持ちいいとかも重要ですよね。薬としての効果に加えて、それ以外の物理的な体験の”要素”が非常に多いなと。

布留川:確かにそうですね。人間の目って、とても敏感で刺激を感じやすくなっているので、効果の有無だけではなく、差し心地、清涼感なども重要だと考えています。

実は、目薬に清涼感という付加価値をつけたのも、ロートが先駆けだったんです。爽快感のイメージの強いZiに始まり、今では製品それぞれの使用感にもこだわりがあります。

1987年発売ロートZ!:清涼感にこだわり、四角い容器は当時まだ少なかった

Takram田中:なるほど。医薬品としての効果だけではなく、差す時の角度、持ち運びやすさなど、いろいろな体験が複雑に絡んだ目薬というプロダクトだからこそ、ユーザーの体験を考えるようになったのかもしれませんね。

細部に及ぶユーザビリティへのこだわり

布留川:ロートは、1909年に目薬の事業をスタートし、110年以上にわたり研究を続けてきました。今では容器のバリエーションが17種類、商品数でいえば50以上あって、生産コストの観点でいえば、たいへん非効率的なんですけど(笑)

目薬の形状ひとつ取っても、前例をそのまま引き継ぐということに拒否感があるんですよね。お客様を主語にして「使いやすく喜んでいただける形状ってなんだろう」と、一から考える。そういう考え方をみんな持っています。

Takram田中:そうなんですね。布留川さんは、ロートの目薬のどういうところにこだわりを感じていますか。

布留川:具体的な話をしますと、お客様に長く使い続けてもらうため、使いやすい容器を追求しています。どんな角度からでも差せる「フリーアングルノズル」や、開閉しやすく転がらないキャップなど、使いやすさを徹底しています。

Takram田中:ロートさんでは、そうしたアイデアも、お客さんの声を聞いているんですか。

布留川:はい。ヒアリングのために、実際にお客さまのご自宅にお伺いすることも少なくないです。やはり、お客さん自身も気づいてないところまで知るためには、実際に使用している現場を訪れないと気付かないことも多いので。

僕は、ロートでマーケティングの仕事に関わるようになって、お客さまの潜在的ニーズをひろって50種類も商品展開があるって、はじめは効率が悪いなと不思議に思っていました。社内だけで進めるほうがスピードは出ますからね。

ですが、ロートでは、お客さまの声を聞く機会が多い。いつしか自然に「お客さんを主語にする」という考えが根付いていきました。

「製品」ではなく「体験」をつくるなら合理的

Takram田中:おもしろいですね。ただ製品をつくることだけが目的であれば、潜在ニーズを探り続けることは、効率が悪いと言えるかもしれません。だけど、UXの観点でいえば、そのほうが合理的なんじゃないでしょうか。

体験を作ることを目的とすれば、製品は手段の一つです。なので、ユーザーがどういう体験をしていて、どういう点で問題を抱えているかを知るのは大切な開発の工程であると言えます。

そう考えると、ロートさんがしてきたことは、決して非効率ではなく、むしろ長い目で見て様々なユーザーのニーズに応えていて効率的だ、というふうに解釈できるのが、UXを元にした考え方だと思います。

布留川:生産開発の効率性を重視すると、主語がお客さまじゃなくなってしまうんですよね。すると、一度は買ってもらえても、長く愛される商品には、ならないかもしれない。

やはり、お客様に永続的に愛される商品というのを考えていくと、生活を見つめた商品づくりをしていかないと、ロートらしい商品の提案にならないんじゃないかと、働くなかで自然と感じています。

ロート製薬のカルチャーが途切れなかった理由とは?

Takram田中:ロートさんにお伺いしたいと思っていたことがあります。先ほど、布留川さんが、仕事を始めてすぐは「非効率なんじゃないかと思っていた」と仰っていましたよね。

実は、世の中のメーカーの開発の現場では、そうした感覚のほうが一般的だと感じます。ところが、現在の布留川さんを始め、ロートの皆さんとお話していると、ユーザーを第一にしたマインドが創業時から連綿と受け継がれ続けているような気がするんです。

老舗の製薬会社のひとつであるロートさんが、お客さんを第一に考える、その文化が100年以上廃れないで、今でも続けられてるっていうのは、ちょっと不思議で。

何か明快でゆるぎのない理由がなければ、不景気などをきっかけに効率化に向かい、いつの間にかユーザーを置いてきぼりにして売れなくなってしまったり、B2B事業に特化したり、ということが起こり得たかもしれなくて。

なぜロートさんが、お客さんを優先にしたカルチャーを続けられているのかが、ちょっと気になるところですね。

布留川:そうですね、もっとも体現する言葉として、以前に制定されたコーポレートスローガンの「よろこビックリ」という言葉があります。

2003年、社員の取り組みから、なぜ働くのか=お客さまに喜んでほしい。ロートらしい提供価値は、「お客さまの期待を超えること」だと改めて言語化され、「よろこビックリ誓約会社」という社是(コーポレートスローガン)が誕生しました。

その後、表現はアップデートされましたが、すっかり社員の共通言語になっています。

お客さまサポートセンターに寄せられた手紙や電話は、
「週刊よろこびっくりの声」として全社に共有、還元されています。

目薬でいえば、期待をこえるほど使いやすさを考え抜くことで、目のケアが習慣になり、健康になる人を増やしたいんです。

症状が改善して、喜んでいただくっていうのは当たり前だよねと。びっくりとは付加価値のことですね。それを考え抜くカルチャーはあると思うんですが、なぜ続けてこられたのか、と聞かれると、言葉にするのが難しいですが・・・

Takram田中:(すこし考えて)・・・きっと、目薬だったからじゃないですかね、やっぱり。

布留川:おお。

Takram田中:はじめにお話したように、薬の機能から使いやすさまで、広く含んでいるのが目薬で、開発し続けている薬のジャンルが目薬だったからこそ、ロートさんは、人を目薬越しに、見つめ続けてこれたのかな、とちょっと思いました。

布留川:「目薬越しに見つめ続けてきた」ですか。そんなふうに、考えたことはありませんでした。

たしかに、ほかの薬に比べて、目薬は容器を含め、進化の可能性が広い領域にまたがっています。

会社躍進の柱である目薬が、いろいろな伸びしろを含んだ製品だったからこそ、進み続けることができたのかもしれない。「目薬だから」という視点は面白いですね。ちょっと驚いています。

暮らしが進化していく以上、目薬にも進化する余地がある

布留川:もう一つお話したいことがありまして。どの業界でもそうですが、開発競争が激しくオーバースペックになっていて、商品の違いを伝えるだけでは、なかなか手にとってもらえません。

体験価値まで含めてもっと考え、提案していかないと、ロートも残っていけないという危機感を持っています。

Takram田中:ものづくりをする会社にとって、ある一定の体験を提供し続ける上では、届ける先の世代やライフスタイルが変わっていくので、それを追い続けることが大事なんじゃないかな、と思います。

布留川:でもね、お客さまの変化を見続けていたら、新しい進化を生み出せると思っています。コロナ禍で生活習慣がかなり変わって、目や健康の悩みも変わってきているので、注視しているところです。

Takram田中:たとえば、スマホなんかは突然、10数年前にポンと現れて、今では一日の2割ぐらいはずっと手元の画面を見るのが普通になりました。この間、目にとってはかなりの変化が起きたわけです。

生活が時代につれて変わっていく以上、UXという観点で目薬を捉えると、実は、目薬が完成するということは、ないのかもしれませんね。改善の余地が生まれ続けるというか。

布留川:田中さんがおっしゃったように、目を取り巻く環境はここ10〜20年、もっとすごくドラスティックに変わるだろうという未来予想を、チームの中でも結構しています。

ロート社内で、アイケアに取り組む価値を見つめなおした議論の様子

布留川:今後、メタバースが根付いてVRの環境が当たり前になっていって、目にとっては負荷がさらに高まるようになることもありえる。そうなった時に、目薬がどうこたえていけるか、それ以外のソリューションがないか、考え続けたいです。

Takram田中:つまり、定番で最適なデザインというのは実は存在しないというか。背景としての技術や文化の変化に合わせて、その時の選択のベストというのは常に変わっていくはずですよね。

目薬を差す必要がないことがゴールだ、と正直に言えるか

布留川:田中さんのお話をうかがって、ロートとして、人が目をケアすることについて、この先、どこまで突き詰められるだろう、という思いを新たにしました。

目の悩みがない世界を作れるっていうのは究極ですが、叶えたいことです。もし今、世界から目薬が要らなくなったら、会社はつぶれてしまいますけど(笑)

ロートが知見をためてきた目薬を中心に新しい技術も探索しながら、時代ごとに、お客さまにとって新しいアイケアの体験価値をつくり続けるというのが、やはり、私たちのミッションです。

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