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バスで出会った女子高生の話

Barを経営していた頃の僕は始発のバスで帰宅していた。
乗客のいないバスに乗り込み、運転手さんと僕の2人だけの時間が続く。

そんななか、あと一駅で最寄りのバス停に着くタイミングで毎回乗ってくる女子高生がいた。

僕は毎回同じ席につき、その子も毎回同じ席に着いた。
1駅区間。時間にして約2分ほどかな。
毎回同じ時間に認識する、黒髪で大人しそうな顔のよく覚えていない女子高生。

まっすぐ帰宅するなら平日は毎日会う。
もちろん会話なんてしないし、どういう子なのかも気にならない。
ただ同じ時間の同じ場所にいるだけで、お互い違う空間の存在だった。


3月

僕はお店を畳むことにした。
色々と上手くいかなかったし仕方ないかな。
月末に閉店して、4月からの新しい職場も決まっていた。

そんなある平日、いつものように始発のバスで帰宅していると違和感に気づく。
「あの子、今日はいなかったな」
「よく考えると昨日もいなかった気がする。なんかな」

見知らぬ女子高生を気にするなんて気色悪いかもしれないが、ふとそう感じていた。
「春休みなんかな?じゃあもう生活環境変わるし見る事ないか」
そう結論づけて4月を迎えることになる。

僕は人と別れることに悲観的ではないが、環境や空気感と別れることは寂しいので「この生活も終わるのか」という寂しさを感じていた。


4月

僕は仕事を変えた。

これまでの飲食店経営から一転、次は農林水産省の末端職員としての職に就いた。

Barの帰宅時間に出勤し、Barの出勤時間に帰宅する。
本当に真逆の生活になった。
Barの近くが新しい職場なので朝夕のバスの進行方向さえも真逆になった。

長いヒゲや髪の毛、気に入っていたウッドピアスはそのままで働かせてもらえたし、職場での浮きっぷりはとんでもなかったが楽しく働いていた。


入社してすぐの週末に朝まで飲み歩いたので久しぶりに始発のバスに乗ってみた。

あの頃と同じ席からあの頃と同じ景色を眺める。
運転手さんが同じかはわからないが、それ以外は同じ空間だった。

「週末だからあの女子高生はいないのか」

蘇る僕の記憶の中のバスにはもう1つだけ存在が足りなかった。


雨の日

当時の家から少し歩いた場所にコンビニがあり朝はそこで買い物することが多かった。
ある4月の雨の日の朝、そこで買い物を終えてバス停へ向かう。
最寄りから1つ隣のバス停だ。

遅れてきたバスに乗り込む。
埋まった席のせいで何人かは吊り革を握りしめバランスをとる。僕もそうだった。

僕の目の前にはリクルートスーツの女性が立っていて、そのおぼつかない足元は、多少荒い運転のバスに上手くバランスが取れていないようだった。

ふと見ると女性の目の前に1席空きがあったので
「きみ倒れちゃうから座りなよ」
そう声をかけて座ってもらった。

降りる時に「さっきはありがとうございます」とか言われたけど、僕からすると見てるのも怖いくらいのバランスの悪さだったから。


雨の翌週

雨も上がり、またコンビニの近くのバス停で待っていた。
すると隣には、先週会ったバランス感覚の悪い女性がいた。

「この間はどうも」
「あー、見てて転びそうで怖かったからね」
「気をつけます」
「きみは席空いてたら座りなよ」

みたいな会話をしていると、女性から突然

「お兄さん、前よくバスで朝帰りしてましたよね?」
と。

「そうだけど何で知ってるの?」
「朝バスに乗ってる時、降りる1つ前のバス停から女子高生が乗ってきてたと思うんですけど覚えてます」
「覚えてるけど、え?」
「あれ私なんです」


「あの朝のバスのバーテンダーの人って元気かな?って思ってたから驚きました。乗客2人だったし覚えてますよ」なんて言ってた。


それから

彼女は高校を卒業した後に専門学校へ入学し、高校とは反対方向のバスになったことでまた僕と同じバスになった。


たまにバス停で会い、先に彼女が降りるまでのほんの十数分だけお喋りをするだけの関係で、お互い苗字にさん付けで呼び会っていたし、プライベートの細かい話はしないようにしていた。

「向こうに見える茶色いのが私の家です」
「家とか教えない方がいいよ」
「何でですか」
「え?俺が悪い人かもしれないでしょ?」
「別に良くないですか?その時はその時です」

不思議な子だった。

僕が途中からバス通勤じゃなくなったので長い付き合いではなかったが不思議な数ヶ月間だったな。

近所のスーパーで何度か見かけたが声をかけるのはやめておいた。
バスの中だけの存在でいいから。


8年後

今もたまにバスに乗るけど、もちろんそんな出会いはないし、別に求めてもいない。

あの子の連絡先は知らないし、多分見かけても声はかけないし、Facebookで一度見かけたけどページは開かなかった。

なぜ朝のバスで見かけただけの僕を「バーテンダーだった」と知っていたのかは気になるが、もう2度と会うことはないだろう。

彼女は「卒業したら神奈川県に住むんです」と言っていたし、またどっかのバスで一緒だったかもしれない。


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