見出し画像

衣食足りて礼節を知る

あの不甲斐なさを繰り返さない為に、
私はマスクを作ろう。

今回は500枚のマスクと、猫の顔と、笑顔が見える透明なマスクの話。

10年ほど前、突然目の前で歩行者と車の事故を目撃した。70代くらいの女性は倒れていて朦朧としている感じだけど意識はある。直ぐに救急車を呼んで、早く来てと祈りながら救急車を待った。苦しそうな顔をしながら女性が不自然な動きをしている事に気がつく。
スカートから見える下着を気にして、何とか隠そうとしている動きだった。
何か隠せるものを!と探したけれど、季節は初夏。小さなハンドタオルくらいしか持っていなくて、ショールも上着もなかった。
私は毎日布を作っている人間だ。困っている人を前に差し出す布も無く、一緒にいることしか出来なかったあの時の不甲斐なさを一生忘れない。
同時に1枚の布が人に与える力を教えてくれる経験でもあった。

2020年1月、何となく直感でマスクが今年は買えなくなるかもしれないと思い、布を仕入れておいた。その予感は当たり2月、マスクがお店から消え始め法外な価格競争が始まる。
2月は花粉到来の季節、私の主人はひどい花粉症なので毎年辛い季節だ。こんな時に同じように花粉症でマスクが買えなくて困っている人がいるかもと思い、いつもお世話になっているお客様へ恩返しの気持ちでマスクの無料配布を始めた。事故を教訓に、迷わずに決めた。もう後悔は嫌だった。

世界的なマスク不足によって、法外な値段でマスクが売られている現状を変えたい。もしも手作りマスクでよかったら、一度でも購入履歴のあるお客様と新規のお客様へ2枚無料配布しています。遠慮なくどうぞ。(送料も全て無料)

ひっきりなしにメールが入る。世の中の状況もどんどん悪化していって、数ヶ月間は朝から晩までマスクを作り続けてた。毎日走るようにミシンを踏んで、夜は出涸らしのようになるけど、また朝が来たらミシンの前に座って、いくつ作っても苦じゃなかった。
一つ一つの名前を噛み締めながら、これはあの布を買ってくれたお客様だな、布もお客様も元気かなと思いながら作る時間は嬉しかった。
合計で500枚以上のマスクを届けた。

私は作ることが本当に好きだ。
作る事以外に関してはサヨナラな感じで、へなちょこで、協調性もないし、ご飯を食べながら寝てしまう どうしようもない人間なんだけど、不思議なことに私の作る布が好きだと言って何年も買い続けてくれる人や、応援してくれる人がこの世界には居て、マスクもティッシュペーパーも何でも早い者勝ちの悲しい世の中に、私の大切な人たちが居るんだと思うと、沸き起こる静かな怒りと冷静な判断力で、次から次へと手を動かす事が出来たんだった。

『衣食足りて礼節を知る』
私はこのことわざが好きです。
衣服や食糧といった生きるために必要なものが十分にあるようになって初めて、礼儀や節度といった、社会の秩序を保つための作法・行動を期待することができるようになるという意味。

世の中みんな大混乱になって
すごく困るような事があった時、
文句や批判をだけを言う前に、
自分の布を差し出せる人に 私はなりたい。

沢山の人達がマスクを手作りして、分け合って、ありがとうって言い合って、今はみんな大変だし、勿論誰もが不安を抱えてると思うけど
もう1回ゴシゴシ目を擦ってみたらキラキラしてる尊い部分も、確かにあって
やっぱり 私たち大丈夫だよねって前向きに思えたりする。皆さんそれぞれの手作りマスクを見てそう思うんです。針は愛情。

これは緊急事態宣言の直前にSNSに投稿した言葉だ。4月あの時は沢山の人達がマスクを手作りして、小さくてもできる事は何かを考え、其々の想いで動き、批判や文句もあったかもしれないけど、みんな手を動かし続けていた。
夏が訪れる頃にはマスクは買えるようになっていたけれど、春のマスク不足は日本中の作り人たちの手によって乗り越えていったと私は思う。

私もマスク作ってるよ、がんばろうね。
マスク送ってくれてありがとう。

嬉しかった言葉とは反対に、悲しいけれど批判の声もあった。いい人ぶるなとか、材料を独り占めするなとか。
材料は長年付き合いのある仕入先や、色んな人が協力をしてくれた。マスクを作る人の裏側には、同じくらい動いてくれていた工場や協力してくれた人がいた事も忘れてはならない。

マスクを大体配り終えたなというタイミングで、次は透明なマスクを作ることにした。
皆さんはマスクによって壁が生まれてしまう人達がいることをご存知だろうか。口の動きを読みながら、コミュニケーションをとっている人達がいる。私はよく知らなかった。きっかけは「マスクのせいで聴覚障害の家族と外で会話が出来ない」というネットの記事だった。

口の動きが大きくても、顎から外れないマスクを
軽く曇りにくいマスクを
にっこりしている顔がわかるようなマスクを
大げさなデザインではなく、日常でも使える美しいラインのマスクを 作ろう

作ると決めたらそんなに時間はかからなかった。
飼い猫の鼻から顎にかけての美しいラインをじっと観察してデザインを決めた。
でも猫は立体裁断には協力してくれないので長年の宝物のミニーに協力してもらった。

軽さと洗濯のし易さ以外に一番頭を悩ませたのが、曇らせないということ。これは本当に探した。
とりあえず家中のビニールを被ってスーハーする。全部曇る。お菓子の袋、クリーニングの袋、きのこの袋、色んな種類のファイル、いろんなビニールを試して、一人でスーハーしてた。

そして朝、炊きたてのお米でおにぎりを握っていた時に気がついた。

ふりかけの発色がラップを通してみても綺麗なままなのはなぜだ?

曇らないビニールの答えはラップだった。簡単に手に入る材料で曇らなくさせる材料はラップ。ビニールのマスクの内側にラップを貼ると曇らないマスクになった。この発見と興奮は、5歳の時に縫い代を発見した以来の事で、ラップを抱きしめて眠りたいほど嬉しかった。

透明なマスクは一つ作るのに何倍も時間がかかるので、今回は有料にしたのだけれどありがたい事に沢山の方から注文がきた。手話通訳者やろう者、その他にも子供に障害があってマスクをするとパニックになってしまうお母さんや、保育士、英語の先生など、予想をしていなかった方面からも注文がきた。

私は小さい頃縫う布がなくて、紙ヤスリやファイルや新聞を縫って遊んでた。祖母にはよく怒られたけれど、家中の素材を縫うのが楽しかった。
親も友達もいなくて超暇で、祖母お手製のおばちゃん柄のスカートが好きだった おかっぱでオンザマユゲの小さな私に、
大人になったらそれは必ず役にたつから そのまま生きて行けよと言ってあげたい。

もしもあの事故に遭わなかったら、家に猫がいなかったら、小さい頃ミシンが無かったら、今年は違っていただろうと思う。

人生は不思議だ。点と点が線で繋がる瞬間がある。何の意味も持たないと思っている事や、意味を持たせたかったけれど繋がらなかったものが、意図してない瞬間にスッと繋がる。
『意図していない時に』というのがどうやらポイントで、繋げたい時に繋げてはくれないから、
この人生何の意味があるんだろうって思う事がよくあるんだけど、それでも毎日何とか生きてたら繋がるってことがわかった。

点と点を繋ぐ旅みたいなものを、毎日している。
ふわふわと漂って、時に迷って、怒って、喜んで、感じて、確かめて、そんな普通の毎日を重ねることに意味なんか無いようで、意味は有ったんだ。

今日はどんな布を作ろうか。
来年も再来年も死ぬまで毎日こう思いながら生きていこう。
衣食足りて礼節を知る、いつかまた必要になった時に布を差し出せるように。
点と点を繋いだ時の喜びを、またいつか感じられるように。


皆さんにとって今年はどんな年だったでしょうか。このマスクの一部始終はインスタグラムの方に #roccaのマスク大作戦 として始め、日々活動していた時の話です。
あの時は本当に沢山方に感謝と励ましの言葉を頂き、作り続ける力になりました。
色々と渦巻く感情が生まれる一年ではありましたが、同じくらい温かな気持ちに触れる一年だったとも思います。応援してくださった方々、本当にありがとうございました。

さて、そろそろ冬籠りに入ります。
noteの年内の更新はこれまで。
次の更新は1月12日を予定しています。

素敵なクリスマスとお正月をお過ごし下さいね。
今週も読んでくれてありがとうございました。
それではまた、書きますね!

いいなと思ったら応援しよう!

ろっか えんどう 糸を染め織る人
いただいたサポートは新しい書籍を購入したり、研究費に使わせて頂きます。宜しくお願いします!