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家出飛行機

 狭苦しい自分の部屋には無数の逃げ場所がある。
 ノートを開いても何ページ進めるかわからない。罫線の先を追っている内に僕は気がついてしまう。そこにリモコンがある。扉がある。スイッチがある。スナックがある。シャワーがある。何よりもあたたかい布団がすぐそこにある。もしも一瞬でも誘惑に負けてそこに手を触れてしまったら、もう永遠の夢に向けて一直線さようなら。自分の弱さがわかっているから、僕はここを出なくちゃならない。逃げ場のないところへ逃げ出さなくちゃならない。
 逃亡の計画を練りながら部屋の中に縮こまっている私は震えが止まりません。リモコンが、コミックが、扉が、スイッチが、何よりもあたたかい布団が……。無数に存在する逃げ場所を置いて、私はどこにも逃げ場所のない世界へと逃げ出さなければなりません。一歩踏み込めば届いたようなバスルームが、今では遙か宇宙の彼方のように遠いのです。
 エアコンが息を吐き切った後で静かになった。リモコンの背中を開けて新しい乾電池を入れる。それでも駄目。換えても換えても換えても換えても、吹き返さなくなったエアコン。家中の乾電池はみんな古いガラクタで、それは室温を突き抜けて人生の評価値までも急激に降下させてしまうのでした。
 キッチンの片隅に積み上げられた無数の缶詰の中に含まれているのが、私という存在です。この先誰が、私を見つけることがあるでしょう。私を私と証明する手立ても持てず、開かれた瞬間の世界を受け止められるよう、心の準備だけはしておこうか。なんてことを想像しながら、私は逃げ場のない世界へ逃げ出すことにさえ恐れを抱き、言い訳ばかりを探しているようです。

 恐れが狭い室内で飽和に達した時、俺はドアを蹴り破って自分の中から飛び出した。広さはさほど変わらない。
 小さなコックピットの中が、今は俺の居場所になっている。
 世の中に出て行くということは、社会という翼を背負うことだ。
 俺はもう戻れなくなっていた。
 命が欲しければ飛び続けなければならない。
 未来が欲しければ飛び抜けなければならない。
 そんな空の中に俺は浮いていた。

#飽和 #コックピット #外出 #詩 #小説 #迷子 #多様性

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