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ワン・オペレーター

 女たちが煙草に火をつけて、煙を吐き出すのが見えたが、僕は全く煙たくはなかった。パーテーションは肘に接触してキーボードを打つ時の妨げになりそうだったが、むしろ身を預ける拠り所のような存在でもあった。盾でもあり拠り所でもある仕切りは2つの意味を持って、その場所の価値を高めていたのだ。(煙が)すぐ近くに見えていながら自分にまるで及ぶことがないというあり様は、テレビでホラー映画を見ている時のようだった。
 番号を呼ばれてカウンターに戻ると既に次の客が注文を通すところだった。トレイの上にカップを置いた後で彼女はいつも同じ角度で礼をする。その時、両手はいつも胸の前だ。何から何まで1人でやらなければならないのは大変だろう。
 コーヒーを混ぜていると天井から、ジャズが落ちてくる。

「カレーはここで作っているのか?」
 新たにやってきた男はストレートな疑問をぶつけていた。
「いいえ違います。レトルト」
 彼女は答える前に微かに笑ったようだった。直球に対して直球。実に清々しい勝負だ。商売は正直にやらねばならない。だまし合ったり、口先でごまかすようなことをしてはならない。

「レトルト」
 さらりと言った彼女の言葉を僕はしばらく忘れないだろう。
 レトルト。いいじゃないか。





ここでしか食べれぬ物はないけれどここにいるのはあなたがいいね

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