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ラスト・ブック・ストア

 自分が好んで足を運べる場所は唯一本屋だけだった。
 服屋も飯屋も時計屋も電話屋も電気屋もみんな駄目だった。決めるべき時に決めなければならない。自身では何もわからないのに、接近する者は恐ろしい。人が怖い。笑顔と親切とそのあとがずっと怖くて仕方なかったのだ。

 本屋は何も急がない。選ぶのも選ばないのも自由なのだ。誰の助けを借りることもない。本当に迷った時には、本そのものの声を拾ってくることもできる。声の主が元は人であってもいい。ワンクッション置いて、生の人でなくなっていれば、大丈夫なのだ。
 本屋の中では、急ぐことも身構えることもない。気になった本に触れてもいいし、全く触れることもなく歩き続けてもいい。自分の好きなペースで納得がいくまで、求めるものを探すことができるのだ。

 街で最後の本屋。
 僕の好きなものは、みんな消えていく。
 どうしてか、そういうことになっているみたいだ。
 新書のタイトルだけを追いかけながら、僕は迷子になっていく。

「よかったら広げてみてください」
「大丈夫です」

(親切はたくさんだ)

 もう独りで行けるから。



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