イルカはごめん


 僕らは翼を持った新しい豚だ。狸が扮装し木の葉を使い人の間で商売する間に、僕らは知恵を蓄えた。犬や猫が人の温もりに恋して家具の間を行き来する間に、僕らは夢と想像を膨らませた。檻に捕らわれ縄に捕らわれた時代を抜け出して、僕らは上を向き羽ばたく豚へと変化した。人間からかけ離れたものでもない。人間に近づきすぎたものでもない。気がついた時には、僕らは他の動物とはどこか一風変わった奇妙な存在になっていたのかもしれない。僕らは横から現れるような牛じゃない。枠から走り出すような馬じゃない。テクノロジーと大和魂を併せ持った豚。僕らは翼を持った新しい豚だ。

「妖しい奴が紛れ込んでいる」
 教官が一同の前に立ち冷静な目で言った。
 妖しい奴……。それはいったいどういう奴だ。
「飛べない豚はいるか?」
 確かめるまでもない。それは僕らにとっては初歩的な問題だった。新しい豚を正面から否定することだから。
「順に訊くぞ!」
 いるはずがない。今さら青い海になど戻れるか。
「いません!」
「違います!」
「愚問です!」
「当然です!」
「論外です!」
 表現は違っても答えはみんな同じだ。
「勿論です!」

「ほほー、そうか。じゃあ、君やってみて」
 教官は足を止めて言った。どうして……。からかっているのか。僕を疑っているのか。冗談じゃない。みんなの視線が僕に集中している。逃げ場はなかった。もう、やるしかない。久しぶりのテスト飛行だった。問題はない。これは初歩的なスキルなのだ。けれども、急に不安が押し寄せてきた。(もしミスをしたら……)その瞬間、この場にいられなくなってしまうのではないか。

「どうした?」
 僕の中の不安を読み取ったように教官が言った。
「いいえ。何でもありません」
 普通にやればできる。簡単すぎることなんだ。僕は上を向いて走り出した。その時、後ろからイルカの笑い声が聞こえるような気がした。

#小説 #メルヘン #飛行

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