ブルートゥース・ストリート

 右手袋が落ちているのを見つけながら触れないように通り過ぎた。それが路上に落ちた右手袋のルールだ。冬が過ぎても夏が訪れてもルールに従っていつまでも右手袋は忘れられたままそこにある。それが左手袋であってもルールは変わらない。角を曲がったところで耳当てが落ちていた。寒くはなかったけど手に取ってみると耳に当てたくなった。そうしてみるとどこからか音が聞こえてきた。怖くなって耳当てを外した。不思議な音はやんだ。けれども、不快な音が戻ってきた。

「暑い、暑い、もうしんどい」
「寝てない。全然寝てない。3時間も寝てない」
「ああ、もう年取ったなあ……」

 うんざりして耳当てをつけるとどこか遠いところから不思議なメロディーが聞こえてきた。これは何……。すべてのノイズを消し去りながら、もっと激しく、もっと心に響く、それはどこから聞こえてくるのだろう。うれしくて、奇妙で、恐ろしくなって、耳当てを外した。音はぱたりとやんだ。どこか木の上で野鳥がさえずっていた。どこかの森で耳にしたのと同じだ。心地よく、愛おしくても、まねることも、近づくこともままならない、さえずり。また耐え難いノイズが戻ってくる。

「寝てないな。その割には元気だろ」
「馬鹿だなあいつ。やめればいいのに」
「ほんと馬鹿だな。いなくなればいいのに」
「ああ、しんどいな。2時間も寝てないからな」

 絶望的なノイズを封じるために耳当てを手に取った。耳に当てるとどこか遠いところから恋しい音が胸に流れ込んできた。うれしくなり、はしゃぎたくなり、また恐ろしくなったりしながら、耳当てをつけたり遠ざけたりした。
「ああ、本当寝てないからな」
「馬鹿が……」
 闇はすぐに戻ってくる。それをつけるとまたメロディーは色めいて世界が輝いた。何だろう、この感じは……。こんなに素晴らしいのなら。

「届けなきゃ……」

 その素晴らしい音がどこからやってくるのかはわからなかった。けれども、それをなくした人はきっと困っているはずだ。今もどこかで絶望を抱えているのかもしれない。この道の向こうのどこかに、探している人がいるに違いない。

「はやく、届けなきゃ」


俯きのタワーの中で家入の
ビートに打たれ飛び立った君


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#小説 #詩 #折句 #うたいびと


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