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【小小説】ナノノベル

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短いお話はいかがでしょうか
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#詩

逃げる王様

逃げる王様

「王手!」
 おじいちゃんは耳が遠かった。ちゃんと大きな声で言わないと王手を手抜いて攻めてくるから大変だ。

「王手!」
「ふー」
 おじいちゃんが苦しそうに息を吐いている。だけどなかなか捕まらない。おじいちゃんの王様は大きく見える。

「王手!」
 ずっと僕の攻めのターンだ。王手は追う手だと言う人もいる。だけど王手の誘惑にはかなわない。玉は包むように寄せよという格言もある。そんな風呂敷みたいな真

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モブ&ピース

 大工が釘を打てば猫が駆けてくる。先生が「レ」を弾けばレモンを持った子供たち。花屋さん、八百屋さん、牛に、狢に、桃太郎。猿はライオンに乗ってやってきた。演技指導はいらないよって。不思議とみんなの呼吸が合っている。キリンがくる。シマウマがきた。馬はレースを抜け出して。みんな陽気に歌っている。みんな素敵に踊っている。

「あの二人の幸福のために」
(二人の幸福を中心に平和が築かれる)
 歌と踊りの力は

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ラスト・ブック・ストア

ラスト・ブック・ストア

 自分が好んで足を運べる場所は唯一本屋だけだった。
 服屋も飯屋も時計屋も電話屋も電気屋もみんな駄目だった。決めるべき時に決めなければならない。自身では何もわからないのに、接近する者は恐ろしい。人が怖い。笑顔と親切とそのあとがずっと怖くて仕方なかったのだ。

 本屋は何も急がない。選ぶのも選ばないのも自由なのだ。誰の助けを借りることもない。本当に迷った時には、本そのものの声を拾ってくることもできる

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同期の私

 会社の私、自宅の私、路上の私、海辺の私、働く私、眠る私。どれも皆私。個々の私の体験は瞬時に同期されてすべての私の中に共有される。私は一人でなければならないという先入観からついに解放される時が訪れた。どこにでもいる私。

もう私は一人じゃない!

「先週の木曜夜8時どこにいましたか?」
「木曜の8時だったら八丁堀の将棋センターで将棋を指していました。私が四間飛車で、確か相手の方が右四間飛車でした。

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空想の翼(宝交換)

 牛になった私の角に鴉がとまっていたのは、カレーを食べて横になってからすぐのことだった。
「こいつが欲しいの?」
「勿論欲しいね」
 私たちは翼と角を交換した。憧れの角を手にすると鴉は走り去った。翼をつけてみると、思う以上に小さかった。羽ばたいても少し風になるだけのことだった。助走をつけて……。何度試みても飛べやしない。

(これではランナーだ!)

 翼さえあれば空を抱ける。そんな風に夢見た自分

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戦争と大運動会

戦争と大運動会

「危ない!」

 コーチの声に振り返るとミサイルがすぐ傍まで迫っていた。私は反射的に身をよじって直撃を避けた。まさに間一髪だった。普通の人間ならば間違いなく助からなかった。ミサイルは駐車場に着弾して炎上するとすぐに多くの野次馬を集めた。

「流石だな」

 ずっとタッグを組んで戦ってきたコーチが私の肩を叩いた。
 ホテルのドアが開き私たちは無事にチェックインを済ますことができた。どうせならばメダル

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運営会議

「腕を組んで考えようじゃないか」
「腕を組むってことは腕に腕を絡ませることだ」
「肘に角度をつけるってことだろう」
「プライバシーを保つってことだろ」
「腕の中で思索を深めるってことだ」
「猫をライオンに見せるってことか」
「子猫を見張るってことか」
「そうでしょうか?」
「そうとばかりは限らないさ!」
「限りなき問いだ」

チャカチャンチャンチャン♪

「私たちにはバリエーションがある」
「豊富

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ある夕暮れの翼

「俺だってさ、あんな翼がありゃ好きなように飛べたさ。何も恐れることなく高みを目指しただろうな。あいつらよりもよほど上手くやったろうさ。俺だってできるんだ。考え事なら山ほどあらーな。欲しいものだけ1つもないがな。俺だってさ……」

 子供たちは時折、珍しいものを見るように、青年のとりとめもない愚痴に目を向けた。けれども、近づいて耳を傾けようとする者はいなかった。

「俺だってさ、あんなものがありゃ何

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さよなら、マンボウ

 動いているのはこちらか、あちらか。互いに動くものだから、それを見極めるには時がかかる。似たもの同士が向き合っている間は、鏡を見ているのと同じで、何も新しい発見がない。長い列車が謎解きを遅延させている。プライスダウンの矢印が「それ」が指すものを探して回り始める。問題の誤りは例文の中にあるのだとしても、先生が手を加えることを躊躇っている間に、ワゴンの中から未知の生き物が目を覚まそうとしている。

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モラトリアム温泉

モラトリアム温泉

「ごはんですよ」

 彼方から急かすような声がするが、僕はまだ動きたくはなかった。このまま不死身になるまでここにいたい。ずっとこのままでいい。世界はどうして先へ先へ向かおうとするのか、僕にはそれがずっと腑に落ちないでいた。誰かが再生ボタンを押しっ放しにしたに違いない。幸福は果たして追いかけるものだろうか。ただ知ればいいと思うのに。ここに完成された船がもうあるではないか。

「春ですよ」
 旅立ちで

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馬上の旅

 父の手が背中に触れているので安心だった。ゆっくりと一歩一歩僕は前に進む。長い脚の先がコツコツと地面を叩く音。地上を見下ろせば恐怖が増すので、なるべく先の方に目を向けるように努めた。

「いる?」
「ああ、いるよ。後ろは大丈夫だから」
 最も恐ろしいのは常に視界のない背後、そこに父がいると思えると心強かった。
「いる?」
「いるよ」
 けれども、だんだんと声が小さくなっていく。確かめたいけれど、振

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レイト・ショー

「あとから入れてください」
(しなしなになってしまいます)
 君にしんみりとしてほしくない。溶けてなくなってほしくない。後回しにしたくない性格との闘い。君は欲望に負けてはならない。

 サクサク♪

 君の心を弾ませるもの。ロック、フットボール、お祭り、コーヒー、夏休み、サイエンス、テクノロジー、映画、コント、ガジェット、言葉遊び、メリーゴーラウンド、飛行機、コラム・エッセイ、ボードゲーム……。あ

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ショルダー・ビート・ストリート

ショルダー・ビート・ストリート

ズズチャチャズンズン♪
ズンズンチャチャズッズ♪
ズズドンドンチャッチャ♪

肩に重低音を担いで男は歩いてくる

「何だ? どっかで聞いたことあるな」
「あーん?」

チャカチャンチャンチャン♪

ジズチャチャジントンセ♪
バッハハズズダンダンダン♪
ビシビシズンドンドンズッ♪

「人の作品じゃないか」
「そうだよ。何か?」
「楽しいの?」
「イエーイ! これさえあれば、ビーハッピー!」

チャカ

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エンドレス・ハンド

エンドレス・ハンド

 手を叩いて笑ったのはいつだったろうか。私は記憶を遡る。遙か彼方まで遡っても思い出せない。遙か昔に、幸せは指の隙間から零れ落ちていった。時は戻らない。もしも魔法が使えて戻せるのだとしても、私だけのために魔法を使うことは躊躇われた。ほんの些細な事柄にでも手を加えるということは、世界全体を動かしてしまうことになるかもしれない。そんな大それたことが自分にできるのだろうか。想像しただけで気が滅入ってしまう

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