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【小小説】ナノノベル

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短いお話はいかがでしょうか
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#創作

和食レストラン(肉じゃがと四間飛車)

和食レストラン(肉じゃがと四間飛車)

 久しぶりに和食が食べたい気分だった。普段なら行き当たりばったり飛び込むような真似はしない。スマホを持ち始めてからというものすっかり冒険心をなくしてしまった。予め近くの店を検索してそれなりの評価を集めるものに狙いを定め、あらゆる条件を確認してから実際に足を運ぶ。確かにそれなら大きな失敗は少ない。しかし、昔はもっと違った楽しみがあったようにも思う。(ハラハラしたりときめいたりわからないからこその出会

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熱湯会議

熱湯会議

「マスク入浴法案についておたずねします。
顔を洗ったりする時、どうするのでしょうか。
具体的にお答えいただきたい。
入浴時においてまでマスクを着用する必要が本当にあるんでしょうか?」

「マスクの紐というものは、耳にかけることによってマスクが安定するように設計されています。マスク耳かけ運動において我々はその部分を徹底的に対策してきたわけです。そのせいで耳にたこができるとも言われました。

お風呂と

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疑念モーニング

疑念モーニング

「月曜日の朝、目玉焼きは食べましたか」

「国民の疑念を招くような朝食を食べたことはございません」

「サラダは食べましたか」

「お答えいたします。国民の疑念を招くような朝食を食べたことはございません」

「ヨーグルトは食べましたか」

「繰り返しになりますが、国民の疑念を招くようなものについてはございませんでした」

「食後にコーヒーは飲まれましたか」

「それも含めて、国民の疑念を招くような

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優雅なぶら下がり

優雅なぶら下がり

「卵ご飯でしょうか、卵かけご飯でしょうか?」

「それはまあ人によりけりなんじゃないんでしょうか。必ずしもこうでなければならないと一律に決まっているということはないと思います。あなたはどうです。ああそうですか。私がこうだと言うのはここでは差し控えたい。友達と語る場合と正確に伝える必要があるという場合では、また状況が異なるということもあるかもしれません。そこは総合的に判断してそれぞれの場面に応じて適

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宮大工の子守歌

宮大工の子守歌

 何もしないのにビー玉が転がっていくということは家が傾いていた。不動産屋さんにかけるとすぐにつながった。
「そちらは途中物件になります」
 契約書を確認せよとのことだ。
 クローゼットを開けると宮大工が潜んでいた。
 あくびを一つして「もうきたの」という顔で起き上がった。ポケットから取り出した鉢巻きをきゅっと頭に締めると突然気合いの入った顔つきになった。

「途中やねん」
 やはり不動産屋の言葉に

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偽の封じ手

偽の封じ手

「封じ手は……」

 えっ?
 読み上げられた一手を聞いて名人の表情が変わった。手元に引き寄せた図面を見て、表情は一層険しくなった。
「局面が……」
 どうも局面が間違っているようだ。
「あなたは……」
 挑戦者も事の異変に気づいた。
「別人だ!」
 局面も封じ手も夕べから引き継がれたものとは違い、勝手に創作されたものだった。男は少し肩を落として自分の非を認めた。
「私の作った定跡を名人戦の大舞台

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疑惑の人

疑惑の人

「者共、疑ってかかれー!」
 うわーっ、僕がいったい何をしたんだ?
「お前元気か?」
「お前起きてるか?」
「お前さそり座か?」
「どこから来たかー」
 一気になんなんだ?

チャカチャンチャンチャン♪

「もっともっとかかれー!」
 何だ? 何が目的なんだ
「お前家から来たか?」
「お前仕事するか?」
「お前兄ちゃんおるか?」
「お前人間嫌いか?」
「夢あるか?」
 何と返せばいいのやら……

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危険な男

危険な男

「ここからは駄目だよ」
「どうして止めるのじゃ?」
「危険ですから、下がってください」
「幾多の危険を越えてここまでやってきた」
「本当に駄目だからね」
「本当に危険なのは、前に進まないことだ」
「立ち入り禁止なんだって!」

チャカチャンチャンチャン♪

「近頃は何も怖くなくなった。落ちた物でも平気で食える」
「駄目だよ」
「無敵じゃ。水の中でも歩けるほどに」
「無理だから。帰ってくださーい」

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冒険寿司

冒険寿司

 私を作っているものについて考えている。
 私は誰といた?
 どこにいた? 何を食べてきた?
 どうして私は私を問うのだろう?
 答えのない問いの中をさまよっていると行き着くところは空腹だ。
 ああ、寿司だ。
 寿司が食べたいぞ。
 お金なんてない。だけど、冒険心が潜らせる暖簾があるのだ。



「へい、いらっしゃい」
 基本のない寿司店だった。
 マグロやハマチなんてありゃしない。
 だから、

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【小説】先生のあいさつ(今日のこれから)

【小説】先生のあいさつ(今日のこれから)

・うまいもの食べて本音が出る

 議員というものは、必ず人と会わねばなりません。人と会う流れからして、当然それは食事ともセットにして考えねばなりません。ある意味で私たち議員というのは世間一般の人とは違うのだから、多くの人が出歩いたり会食したりするのを控えようとも、全くそれと同じというわけには参りません。会食は私たち議員にとっては、絶対に譲ることのできない領域であり伝統であります。いかに世間がテイク

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職質のアマチュア

職質のアマチュア

「あなたは俳優?」
「そんなんじゃねえ」
「あなたは絵描き?」
「そんなんじゃねえ」

チャカチャンチャンチャン♪

「あなたは、
ピアニスト? ゲーマー? アスリート?」
「そんなんじゃねえ」
「あなたは、
空? 夏? 金魚?」
「そんなんじゃねえ」

チャカチャンチャンチャン♪

「あなたは、ユーチューバーだ!」
「そんなんじゃねえ」

チャカチャンチャンチャン♪

「あなたは、本業が映画監督

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猫と野菜畑(歌を離れて)

猫と野菜畑(歌を離れて)

 最も描きたかったのは猫の瞳だった。僕はすぐにでも猫を描き始めるつもりだったが、甘かった。師匠にどうしても認められなかったのだ。
「近道は回り道と心得よ」
 理想の絵に近づくためには形から入るのが師匠の流儀だった。基本となる形、丸、三角、四角を会得しない限りは、いかなる絵も完成することはできない。勿論、猫だって。それにはまず筆を取る前に、歌うことから始めなければならないのだった。

こまめに丸かい

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イマジン(コーヒー・タイム)

イマジン(コーヒー・タイム)

 一口含むと危険な熱さを感じる。コーヒーカップを遠ざけて、背もたれにすがる。コーヒーを飲むということは、一息になせるものではない。一つの仕草はゆっくりとしていて、とても小さい。近づいたと思えば離れなければならない。否応なしに間が生まれ、そこにあなたが現れる。

「いいねを待っておるのか?」
「いや別に」
「それで一喜一憂か。落ち着かない奴よの」
「普通じゃないかな」
「普通が聞いてあきれるわ」

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また今度(差し控え法リフレイン)

「それについてのお考えは?」

「それについてはあまり触れて欲しくなかったというのが、正直なところです。べらべらしゃべるばかりが能じゃないでしょう。沈黙も美徳であると代々伝わってきております。あえて慎み深い一面を見せることもこの際は有意義なことと自負するところです。下手に口を開いたり本心をさらけ出そうものなら、言い間違えや舌足らずなところが出てあらぬ誤解を招いてしまう危険もある。口が滑りうっかり本

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