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【小小説】ナノノベル

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2021年6月の記事一覧

熱湯会議

熱湯会議

「マスク入浴法案についておたずねします。
顔を洗ったりする時、どうするのでしょうか。
具体的にお答えいただきたい。
入浴時においてまでマスクを着用する必要が本当にあるんでしょうか?」

「マスクの紐というものは、耳にかけることによってマスクが安定するように設計されています。マスク耳かけ運動において我々はその部分を徹底的に対策してきたわけです。そのせいで耳にたこができるとも言われました。

お風呂と

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魂キープ(イフマイライフ)

 侍は卒業したけどまだ刀を捨てることができない。持っているだけで強いのでは、強くなれるのでは、強くあることができるのでは。最もよかった頃の自分を保てるのでは。
 ネズミ年の御守りが捨てられない。そこに魂が宿っているかもしれない。ネズミのご先祖様からお叱りを受けるかもしれない。夜中にネズミが化けて出るかもしれない。

(イフイフイフイフイフイフイフイフイフ)

 いくつものイフが押し寄せてくると捨て

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お笑いダークスター

 今日も舞台の上ですべってしまった。僕が去った後で登場するコンビがとる笑いの量のなんとすごいことか。まるでお客さんは笑いに飢えているかのように聞こえる。さっきの僕は本当の僕じゃない。本当にやりたいお笑いは全然違うのだ。本気を出せない自分がもどかしい。
 それもみんな僕のせい。あるいはみんなのせいなのだ。
(ああ、誰もわかってくれないけど)
 時々、姉からの手紙を読み返している。



絶対に本気

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空想の翼(宝交換)

 牛になった私の角に鴉がとまっていたのは、カレーを食べて横になってからすぐのことだった。
「こいつが欲しいの?」
「勿論欲しいね」
 私たちは翼と角を交換した。憧れの角を手にすると鴉は走り去った。翼をつけてみると、思う以上に小さかった。羽ばたいても少し風になるだけのことだった。助走をつけて……。何度試みても飛べやしない。

(これではランナーだ!)

 翼さえあれば空を抱ける。そんな風に夢見た自分

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フェイク・エース

 出るところは出る。引っ込むところは引っ込んでいる。それが理想のライフスタイルだ。スタメンには確かに俺の名があったが、試合中の俺は家で眠っていた。それでいて、スタジアムで観戦する人々の目にははっきりと俺の勇姿が映っていたことだろう。俺はテクノロジーが生んだまったく新しいフットボーラーだ。
 夢の中で俺はハットトリックを決めたが、現実もその通りに進んでいる。表彰式が始まる頃、俺の体はスタジアムに飛ん

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一夏のアルマゲドン

 荒れ狂う夏が破壊者を降らせた。商業施設は化け物たちによって踏みつぶされ、学校、図書館、劇場等はすべて宇宙人たちに占拠されてしまった。地上にも地下にも安全と言える場所はどこにもなかった。

「もしかしてあそこなら……」

 微かな望みではあったがあきらめる前に試す価値はある。私たちは40人1組となり揃いのスーツで身を固めた。団長を先頭に立たせ『選手団』の旗を持たせた。
 迷いや自信のない素振りは疑

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地球帰還ミッション

地球帰還ミッション

 あのグデングデンの楽しい酔っぱらいたちはどこに行ってしまったのだ。夜の街を流れた素麺はどこに行ってしまったのだ。俺が俺がと突き進む生粋のドリブラー、スタジアムを埋め尽くす熱いサポーター。16ビートで踊り出すピチピチの魚たちは、みんなどこに行ってしまったのだ。

 何もかもが変わってしまった。
(何もかもがもう面倒になった)

 せっかくここまでたどり着いたけど、やっぱり帰るのはやめにしよう。ここ

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ロック感性(カテゴリ仕分け人)

ロック感性(カテゴリ仕分け人)

「いいか。だいたいロックだから。がんがん決めて行け!」

 春は仕分けが忙しい。
 即戦力として望まれた僕は右も左もわからないまま現場に立つことになった。大変な時だけど君ならできるとチーフからは熱い言葉をかけてもらった。こうなったらもうやるしかない。「当たって砕けろ」のハートで、僕は無数の作品をカテゴライズする仕事に挑んだ。(これまでの人生において自分なりに感性だけは磨いてきたつもり)ささやかな自

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ワイルドカード

「まずは安全性に拘る専門的な声を小耳に挟み、最大限に規模を縮小するように努力した結果、多くの関係者の方々に望まれ催される平和の祭典は、1つの米粒の中に収めることができました。こうなってしまえば、見過ごすことも見て見ぬ振りをすることも容易で、いざとなれば呑み込んでしまえばいいんじゃないでしょうか。安心かどうかはそれぞれの心の問題です。いずれにしろ私から個別に説明することは差し控えたい。あとはもう神に

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ヘッド・チェッカー ~未来へと続く道

ヘッド・チェッカー ~未来へと続く道

 日常の仕草の些細な一面に目を留めて、大きな過ちへと発展することを未然に防ぐことが私たちの務めだ。私たちは常に目を光らせて、たとえどんな小さな変化であっても見落とさないよう身構えておかねばならない。身なりを整えてこそ、心も正しく前を向いていることができるというものだ。余計なお世話と思われようが、大人として言うべきことはしっかりと言わねばならない。

 段差は躓きの元だ。些細なところから始まって、や

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イタチ通りのポリシー

この街にはイタチがいる

猫より速く細く駆けて行くもの
それこそがイタチだ

毎日ではない
忘れた頃に現れるが
出会いはほんの一瞬
彼らは駆けて行く道の途中

猫のようにくつろいだり
振り返ったり
にらめっこしたりしない

いつだって一目散なのだ



「プロデューサー、クレームが結構きてますけど」
「何かあった? そんな数きてんの?」
「2000ちょっとです。流石に無視できないかと……」
「難

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