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【小小説】ナノノベル

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短いお話はいかがでしょうか
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2020年8月の記事一覧

夏の占い天気予報

夏の占い天気予報

 今日は午前中からところにより雨が降るでしょう。また、一日を通して夏らしい気の抜けない展開になるでしょう。
 午前中からの雨はすぐに上がり雲一つない青空が広がるでしょう。この機会に洗濯をと考える人が多くいることでしょう。しかし、しあわせは長くは続きません。南から湿った空気が夏前線に乗って流れてくると、急速に発達した雨雲がTシャツ上空に集合して、まとまった雨を降らせるでしょう。それを見て通りを歩いて

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グレート・エンジニア(グレート・ブルー)

グレート・エンジニア(グレート・ブルー)

 これからは点滅している間に渡り切れない人が増えてくる。一方でそんな人たちに手を貸すような人は減りつつある。人情に頼っている場合ではない。(人が渡り切らない限りはそのまま青)であるべきだろう。
 私は取り急ぎ新しいシステムを開発し、試験的に主要な交差点に設置した。これからの時代は、やさしいシステムが人間を守らねばならない。私たちエンジニアの肩にかかる期待は何よりも大きいものだ。

「リーダー。大変

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アプリの庭(アンチ・バイオレンス)

アプリの庭(アンチ・バイオレンス)

「よーし並べ!」
 先生は深刻な顔をしていた。
「今から全員一人ずつビンタしていくぞ!」
 ただならぬ怒りを溜め込んでいる様子だ。それは僕らの日頃の態度に対してかはわからない。僕らは誰一人口を開かなかった。
「本当はな。一軒一軒親御さんに許しを得てからにするのが本筋だ」
 言い訳から入るのが先生の文体だ。それで保険をかけているつもりかもしれない。

「だけど、先生は忙しいんだ!
 だから、もうまと

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生きた仮説

「生きるということは、通りすがりの猫に竹輪をあげるようなものだ。出会うことは幸いかもしれない。でもそのあとは」
「そのあとは」
「君は猫の明日を知ることはない。猫は君の行方を知ることはないのだ」
「だから……」
「出会うが故に抱え込むものがあるということだ」

「わからない。どうして竹輪なの?」
「それは物の喩えじゃないか」
「喩え?」
「トータルで理解してほしい」
「どの道わからないな」

「わ

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カスタマイズ・ライス

「みそ汁の葱の量はどうしましょう?」
 そうそう。みんな同じじゃつまらない。
 ここは何でも事細かに注文できる素敵な店だ。

「それではご注文を繰り返させていただきます。
 サラダのドレッシングはマヨネーズ。
 豚肉の焼き加減、しっかり。
 みそ汁の味の濃さ、濃いめ。
 みそ汁の具の多さ、やや多め。
 みそ汁のスープの量、やや少なめ。
 みそ汁の葱の量、たっぷり。
 ご飯の炊き方、かため。
 以上

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脳天気会談

 大統領が専用機から降りてくるのを首相が笑顔で出迎えました。両国の首脳が直接会って会談するのは久々でした。
「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
「あなたも大変お元気そうです」
 まずは互いの健康を気遣う挨拶から始まりました。
 その後は桜並木を歩きながら夜遅くまで活発な意見交換がなされました。

「顔色がよいですね」
「あなたも姿勢がいいですね」
「いえいえ。背が高いですね」
「いい色のネ

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起源司会

「言い出しっぺは誰でしたか?」
「私です」
「そして、あなたからどこへ?」
「私から私の妹へ」
「私です」
「今度はあなたですか。あなたはあなたからどこへ?」
「私から私の親友へ」
「私です」
「あなたもですか?」
 我よ我よと皆が手を挙げる。

「私から私のわんちゃんへ」

「わかりました、もういいです。
不和とはエゴの競合にすぎなかったのですね。
みんな元は一人の自分から始まっている。
みんな

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銃身上の自由形式

銃身上の自由形式

「どこへ行く?」
「ちょっとコンビニまで」
「だめだ!」
 大きな手にはね返されて部屋の中に押し込められた。
 やっぱり今日もだめだった。だめだと思うほどに募る欲望はある。
 劇場に行って大きなスクリーンで映画を見たい。夏の太陽をあびながら潮の匂いのする熱い砂浜を歩きたい。巨大書店の中を隅から隅までまわって迷い疲れて眠りたい。妄想の先でふと我に返る。

「自分では何も選べないのか」
 進みたい道が

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お笑い裁判

お笑い裁判

 会見のあとで笑ったのは誰なのか。
 失笑罪に問われたのは猫だった。

チャカチャンチャンチャン♪

「猫は確かに笑いました」
 証人の花が言った。
「猫に間違いありません」
 カブトムシも同意見を述べた。
 やっぱり猫なのか……。
 傍聴席がざわついていた。

チャカチャンチャンチャン♪

 その時、扉が開き新しい証人が登場した。
 ライオンだ。
「それは不可能です。猫は鼾をかいて眠っていたので

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みどりちゃん(サマー・トッピング)

みどりちゃん(サマー・トッピング)

 汁を飲み、麺を啜る。
 以下、繰り返し。
 シンプルな営みを愛する純粋な麺食い人。
 全部のせ。確かそんな言葉もあったはず。
 汁、麺、汁、麺、汁、麺……
 誰も呼ばれなかった。

「このままここで腐っていくのかも」
 不安の声がもやしから伝染していった。
「このまま?」
「最後は捨てられるの?」
「そんなことないって。大丈夫だって」
 気をしっかり持つよう、私はメンバーを励ました。
 沈んだ時

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可もなく不可もなく

僕は聞くともなく聞いていた

ラジオは語るともなく語っていた

窓は開くともなく開いていて

風は吹くともなく吹いていた

木はそよぐともなくそよぎ

パジャマは着るともなく着られていた

僕は眠るともなく眠っていた

音楽は流れるともなく流れていた

石は磨くともなく磨かれ

夢はかなうともなくかなっていた

戦士は戦うともなく戦い

走者は走るともなく走った

星は数えるともなく数えられ

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ハードワークの終わり

ハードワークの終わり

「おつかれ」
「おつかれーす」
 長い長い2時間の労働を終えると午後は自由時間が待っている。最後の10分が鬼のように長く感じられた。体力が限界に近いからだろうか。
 3日休むとまた朝からの労働だ。
 月末からは4ヶ月間の短い夏休みに入るが、どうせすぐに終わってしまうだろう。不思議と楽しい時間は早くすぎる。苦しいのは嫌だが、楽しければいいってもんでもない。

「生きていくって大変だな」
「いつになっ

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問題野郎

問題野郎

「また問題ばかり起こしやがって」
 文句を言ったところで反省の色も見せない。
「面白いのか? 人を困らせるのが」
 問題を起こすけれど、解決能力は少しも追いつかない。私は問題が表面化する度に呼び出して言葉をかけるだけ。今ではそれがルーティーンのようになってしまった。いつまで続くかわからない。問題と向き合うことが私の天職となるのだろうか。

 今夜も早速、問題が起きたようだ。
「またお前か! 何やっ

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振り飛車第五世代

振り飛車第五世代

 はじまりと同時に飛車先を一歩一歩伸ばしていく。近頃ではそんな光景は名人戦でも町の道場でもすっかり見られなくなった。「飛車は最初の場所に居座って縦に使うもの」それが王道であった時代は長かった。居飛車は遙か歴史の奥に封じられ、今は振らなければ始まらない。

「大駒は大きく動かすものだ」中飛車、四間飛車、三間飛車、向かい飛車……。そして、もっと新しい振り飛車が、既に将棋バーの片隅で指され始めている。(

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