あなたの老後お任せ下さい(その3)

「よくよく考えてみりゃあ当然なんかも知れんが、本当にみんな死んじまったんだなあ。」
「皆川さんは89歳でお亡くなりになりました。最期の3年ほどは寝たきりでしたが、最期まで呆けず、娘さんと二組の孫夫婦にみとられて病院でお亡くなりになりました。」
「そういや娘が一人いたな。旦那の方はどうしたんだっけか。」
「娘さんの旦那さんは癌で60歳くらいで亡くなったとか。なお、私が皆川さんに接触してからは県内一の大病院の個室に移っていただきました。」
「年金暮らしじゃなんぼ常務でも大病院の個室は無理だろうな。」
「ええ、感謝してくれておりました。」


「笹川部長の最期はどうだったんだ?あいつは皆川と違って大酒飲みだったから肝臓やられて死んだんじゃないのか。」
「笹川さんは交通事故ですね。」
「へえ、酔っぱらって道路に大の字で寝て轢かれでもしたか。」
「いえ、高校生の自転車にぶつかって転倒、頭を強打して脳挫傷が元でお亡くなりになりました。もっとも怪我をしてから3日は生きていました。2日目の朝方容態が急変してそのまま他界されましたね。」
「人間の最期なんてあっけないもんだな。轢いた方の高校生はどうなんだ?ってそこまで知らんんか。」
「高校生の方はよくわかりませんが、保険で慰謝料等々を払って、高校生本人は確かええと・・・」
滝原は大学ノートをパラパラめくる。
「あったあった。この高校生は今じゃ携帯電話会社の支店長ですね。」
「出世したもんだな。」


「小見沢さん、どうなったかご存じですか?」
「あんなけったくそ悪ぃ奴なんか知るか。悪人の方が世にはばかるだろ、良い人生送って良い死に方でもしたんじゃねえか。」
「定年後まもなく自殺されました。ホームから線路に飛び込んで・・・」
「自殺?はーっはっは!最期の最期まで他人様に迷惑をかけるやつだな!はーはっはっは!しかしやな奴だったが生活はキッチリしてる方だった。なんでまた自殺なんかしたんだ。」
「当時10歳の娘さんが大病を患って亡くなりましてね。」
「そういや一人娘がいたな。」
「娘さんが亡くなってから奥さんも後を追うように亡くなりまして。」
「確か10歳ほど若い恋女房だったな・・・」
「精神をおかしくされまして、私が接触した時点でかなりの鬱でした。入院などの措置を講じている最中の出来事でした。」
「なんだ、素直に喜べねぇな。せめて最期くらい「ザマァみやがれ」つって大爆笑できるような、豪快な死に方して欲しかったんだがなあ。」
「もう50年も前の出来事ですけどね。」
「亡くなった娘さんも生きてりゃ60歳か。」
「もう小見川さんご本人を覚えてらっしゃる方もいないでしょう。私とビルさんくらいなもので。まして50年前に亡くなった娘さんなんて。」
「なんて名前だったっけ。」
「楓さんでしたね。」


阿比留氏は3本目のタバコをくわえる。滝原がサッと火を点ける。
しばし目を閉じる。煙がふぅーっと吐き出され部屋に漂う。
数秒か数分か
福祉職員が片付けているこぎれいな部屋に沈黙がおとずれた。



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