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名前の由来

久々に帰省する一家を乗せた飛行機
羽田発北九州行きの便があった
 
順調な空の旅だったが
突然のエンジントラブルにより
飛行機は激しく揺れだした
 
騒然とする乗客達
 
それをおさめようとする機内のアナウンスは
よりいっそう乗客の不安を煽った
 
 
爆発音
 
 
飛行機の右翼が爆発した
 
そしてさらに揺れは激しくなった
 
泣き叫ぶ乗客達の中にあって
ただ一人
 
生来の小心者であった小太刀浩介だけは
なぜかこの一番で平静を保っていた
 
 
 
あなた!あなた!
飛行機落ちちゃうわよ!!
 
うろたえるな淑子
落ちやしないよ 
いや、落ちたら落ちたまでだ
騒いでどうにかなるもんじゃない
 
小太刀浩介は幼い娘に言い聞かせた

いいかい早苗
みんな泣いたり叫んだりしているけど
ただのあわてんぼうさんなんだよ
 
その証拠にほら、お父ちゃんは
ぜんぜん泣いたり叫んだりしていないだろう?
 
2歳の子供に父の言葉は難しかったが
父の平静だけは感じ取ったのだろう
早苗は不安ではあったが
とりみださなかった
 
 
淑子さん
お腹の子供
 
名前は謙一郎にしようよ
 
あなた、まだ二ヶ月もたってないのよ?
 
だって、僕たち死ぬかもしれんじゃないか
僕らはまだ良いよ
でもおなかの子、名前もないまま死んじゃうのは可哀想じゃないか
 

浩介の土壇場のくそ度胸に妻淑子は涙が出てきた
 
彼女は実は心の内に
「頼りがいのない給料取りに嫁いだものだ・・・」
という侮蔑の心を持っていたのだが
 
人生も終わろうかというこのときに
淑子は心の底から
この男に嫁いで良かった
と思った
 
そうねえ、謙一郎
どうして謙一郎なの
 
僕のオヤジが謙吉なんだ
そして爺さんが謙実
僕の名前は浩介
 
謙の字はうちの一家の一番期待された
子供につけられているみたいなんだ
 
謙吉父ちゃんは頭は悪いけど
情に厚い
 
謙実爺さんは、これも頭は悪かったらしいけど
愚直に仕事を勤め上げた
 
いずれも尊敬できる人だ
だから僕の子供には謙の字をつけたかったんだ
 
まだ男の子が生まれると決まったわけじゃないが
一姫二太郎っていうじゃないか
 
きっと男の子だよ
 
 
ねえ、じゃあ謙一郎の一郎は何なの?
 
 
僕たちはまだ死ぬときまったわけじゃない
淑子は一人っ子だったから
さみしかったっていってたよな
 
僕もアニキと二人兄弟で
さみしいワケじゃなかったけど
もう一人二人兄弟がいればなあと
思ったもんだよ
 
だから一郎で終わらないで次郎三郎って
続けるんじゃないか


そうよね

淑子はまだふくらみの見えない
自分の腹をさすりながら答えた
 
 
飛行機は揺れを増しながら
急速に地面に近づいていっていた



・・・




・・






「それで私の名前が謙一郎ーーーーーっ!?」


父「だってお前、仕方ないじゃないか、女の子が生まれるなんて思ってなかったし。」

 
健次郎「(俺、男で良かった・・・)」
早苗「(私、長女で良かった・・・)」
 
母「あの時のお父さん、かっこよかったわぁ~~」

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