マガジンのカバー画像

路傍小話

75
路傍工芸の妄想を文字にしたものを公開します。
運営しているクリエイター

2015年5月の記事一覧

目はクリクリと大きく頬は朱で(その4)

 柿揚の自信作「ぶらばん!」が載ったのはその年秋の萌星であった。
 夏号に載せた前作「珠子市場」(これも柿揚の自信作である)への感想欄には50通を越える投稿があった。
 人語を解する鳥と出会った少女珠子の不思議な物語で一話完結の短編、柿揚自身は欧米風物語のエッセンスを加えたと思っている労作である。
 挿絵は4枚で、当時絵の具を持っていなかったため、墨でなんとか描いた物だ。柿揚は中学時代に叔母の手ほ

もっとみる

目はクリクリと大きく頬は朱で(その10)

 柿揚は夕方になる前に大船のスプラトン氏宅に着いた。

 大船駅に降りると「歓迎パシモン氏」と大書されたノボリがあがっていたため、迷うことはなかった、が、少々恥ずかしかった。
 すでに到着していた4名と合流してスプラトン邸に招かれ、別屋に一室を与えられて湯に案内された。

 使用人が沸かす五右衛門風呂というのにも驚かされたが、風呂上がりに聞いた、スプラトン氏が実は風呂を沸かせていたという事実にもっ

もっとみる

目はクリクリと大きく頬は朱で(その9)

 最初はいつくるかいつくるかと召集令状を戦々恐々待っていたが、そのうち待ちくたびれて早く来てくれと開き直りの心境になってきた。

 仕事の方はだんだん落ち着き、趣味に時間を割けるようになってきた柿揚は萌星の連載仲間と文通をするようになった。
 広島の「龍姫」氏、京都の「梓」氏、鎌倉の「スプラトン」氏等々、萌星の主力メンバーと交友を広げた。
 
 招集はいっこうに来ず月日は過ぎていく。
 
 そんな

もっとみる

目はクリクリと大きく頬は朱で(その8)

 柿揚は大学を卒業し、予定通り叔父の商社に就職を果たした。
 半年ほど駒込本社で仕事を覚えた後、新潟は高田の支店に配置された。
 大学の卒業研究と仕事を覚えることに必死で趣味どころではない毎日が続いたが、萌星を失った柿揚はやけくそで困難に全力を投入した。

 そのうち日本は橘が予言したとおり米英と戦争をして南方に軍隊を送り出した。開戦は雪深い高田で夕方のラジオを聞いてようやく知った。
 
 その後

もっとみる

目はクリクリと大きく頬は朱で(その7)

 さて、舞台はちょっと現代に戻る。

「えーじいちゃんの同級生がこれとそっくりなアニメ描いてたって?」
「アニメじゃない、漫画、でもない、そうだな、挿絵つきの小説だ。」
「ラノベじゃん。ラノベ。」
「ラノベっちゅうのか。それは知らんが、まあとにかく絵はそっくりだ。」
「うっそやー!じいちゃんの若い頃ってスッゲー昔じゃん!」
「いや、それが、当時普通に売っていたような漫画やイラストは確かにお前が言う

もっとみる

目はクリクリと大きく頬は朱で(その6)

 萌星の秋号が届いた。柿揚は衝撃を受ける。
 編集後記の最後に記載されていた内容によると、「月見」氏はこの編集作業大詰めの段階で召集令状を受け取ったらしい。

 ーこの号を皆さんが読んでいる頃私は戦地にあるでしょう、萌星は今号をもって一旦休刊とし、無事凱旋の暁には再開いたしますー

 柿揚の周囲にもちらほらと招集されて消えていった者がいるが、これほど柿揚自身に衝撃を与えた招集はない。
 気にしてい

もっとみる

目はクリクリと大きく頬は朱で(その5)

 ナンセンスと言えば小林だが、萌星でも柿揚からするとナンセンスな指摘が上がっていた。

 いくつかあったが、合わせて要約すると
「女学生の日常生活はあのようなものではない。」
 という指摘だ。

 そのくらいわからいでか。
 柿揚には女学校に通っている妹がいるが、その、家での荒々しい生態と言動から、女学校のクラス生活が如何に修羅の世界であるかを特に観察せずとも察することが出来る。
 男子学級が楽園

もっとみる

目はクリクリと大きく頬は朱で(その3)

 柿揚はこういった魔法のごとき絵に魅せられていた。
 季刊誌の名前は「萌星」と書いて「ほうじょう」
「明星」に影響を受けた名前であることは間違いない。
「萌星」編集は世田谷に住むという「月見」氏が一手に行っており、本来その豪華な装丁から高価なものとなるところを、「月見」氏が自らの資産を使い、廉価で同好の士に配っているという。

 世の漫画には見られない癖のある、だが例えようのない美をたたえたイラス

もっとみる

目はクリクリと大きく頬は朱で(その2)

 柿揚の少女絵趣味は中学の時代に開花した。
 12月、小雪の舞う田園調布を悪友達と歩いていた時にすれ違ったセーラー服の集団に見とれてしまったのがその発端だったかもしれない。
 まずセーラー服の少女という記号に惚れ、そういったものが含まれる写真を集めた。あらゆる雑誌を漁り、セーラー服の少女を追い求めた。
 そのうちセーラー服の少女の絵に行き当たった。
 画筆家が手慰みに描いたとおぼしき少女絵なのだが

もっとみる

目はクリクリと大きく頬は朱で(その1)

「生きておったのかーー!柿揚ーー!」
 祖父の突然の一喝で孫の橘大輔は飛び上がってビックリした。
「柿揚貴様ァーー!」
 祖父はわなわな震えてテレビ画面に飛びつく。
 テレビ画面には今流行の萌え系日常アニメが流れている。
 女子校の女学生がブラスバンド部で送る毎日を描いたアニメで内容はそれほどないのだが、キャラクターの可愛さで大ヒットしている。
 もちろん柿揚などというキャラクターは出てこないし、

もっとみる

あなたの老後お任せ下さい(その5)

「タキ、お前これからどうするんだ。」
「どうする、と、言われますと?」
「だってお前、福祉が趣味だったんだろ。俺で最後じゃないのか。」
「そうですねえ。何も考えていません。ビルさんが亡くなったらもう私の福祉趣味もおしまいですね。」
「豪遊も飽きたんじゃ仕方ねえしな。」
「あれはですね・・・飽きますよ。しまいには辟易してきます。根が庶民なんですね、私は。」

「しかし・・・タキ、お前が来てつくづく思

もっとみる

あなたの老後お任せ下さい(その4)

「高橋敬之助さんは・・・」
滝原が沈黙をやぶり、切り出した。
「もういい。」
「そうですか。」
「要はみんな死んじまったってだけだ。」

「滝原、お前はどうなんだ。お前の家族は。」
「私の家族も一人残らず死んでおりまして、誰も残っておりません。」
「お前独身だったっけ?」
「いえ、ビルさんが定年した翌年くらいに結婚しました。」
「まあ、50年だか60年だか前の話だろうから、奥さんも子供もいい年だろ

もっとみる

あなたの老後お任せ下さい(その3)

「よくよく考えてみりゃあ当然なんかも知れんが、本当にみんな死んじまったんだなあ。」
「皆川さんは89歳でお亡くなりになりました。最期の3年ほどは寝たきりでしたが、最期まで呆けず、娘さんと二組の孫夫婦にみとられて病院でお亡くなりになりました。」
「そういや娘が一人いたな。旦那の方はどうしたんだっけか。」
「娘さんの旦那さんは癌で60歳くらいで亡くなったとか。なお、私が皆川さんに接触してからは県内一の

もっとみる

あなたの老後お任せ下さい(その2)

 わずかな紫煙が部屋を包む。
「タキ、不老不死だの大金持ちになっただの、にわかにゃ信じられねえんだが、まあそこはいい。お前、いま何やってんだ?」
「さきほども申し上げましたがビルさん、福祉をやっておりまして。」
「福祉ってぇのは日本全国の俺みたいな貧乏老人を訪ね廻って高級老人施設に放り込む事業か?」
「はい。ただし、私の知っている方、のみを対象にしております。」
「知っているっていうのは、直接知っ

もっとみる