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ユキと夜の音

午前三時かっきり。
ユキは目を覚ました。
また起きてしまった。
目を閉じて耳を澄ます。
言葉を発することをほとんどやめて以来、
ユキにとって夜は音の世界だ。
音はいつもユキが耳を澄ますのを待ってたかのように耳に飛び込んでくる。
?!
それは水の音だった。
いつもは鳥や虫の声、それに風のうなり、
降り始めの雨の音、遠くの落雷だ。
水の音など珍しい。
これは家の中か?
ユキは体をおこし、ベッドからはいでると、音のする場所を探し求め1階に下りた。

洗面所、違う。水は出ていない。
風呂場も違う。
リビングの水槽。
チョロチョロと流れ続ける音は似ているが小さすぎる。違う。
台所。ここも違う。水は出ていない。
喉が渇いていることに気が付いたユキは、小さなガラスのコップに
冷蔵庫からとりだした水を入れて少し飲んだ。
冷蔵庫のうなる音が聞こえる。
「音は2階だ。」
そう直感したユキはガラスのコップをそのまま流しにおいて、
寝室に戻った。

するとどうだろう。
水の音は開け放した窓の外からきこえていた。
さっきよりこころなしかはっきり耳に飛び込んでくる。
間違いない。家の外だ。
わけがわからない。
ユキは隣の寝室にはいって、父親をそっと揺すって起こした。
「うん。どうした?」
ユキは久しぶりに声を発した。
「家の外から水の音が聞こえるの。」
ユキの父は驚いた様子も見せず、起き上がりながら言った。
「そうか。ちょっと見に行くか。」
それから二人は一言も発さず、物置から懐中電灯を取り出し
寝巻のまま玄関を出た。

昼間とは別の住宅街の静かな世界が広がっている。
ただその静寂の中に水の音がよりくっきりと響き渡っていた。
「本当だな。こりゃいったい何の音だ?」
父親がいった。
ユキは何も応えなかったが、父親のこの言葉に満足した。
音のする方向へ足を進めると、一軒の空き家があった。
「どうもこの辺だ。」
父親は空き家の駐車場の奥のほうに懐中電灯の光をさしむける。
はっきりとそのあたりなのだが、音の正体はわからなかった。

「昨日降った雨のせいかもしれない。」
そう思ったユキは少し離れた場所にあるマンホールに近づいた。
この音とあの音は同じだ。
ユキは父親を手招きした。
「雨水マンホールの音をこんなにはっきり聞いたのは初めてだ。」
父親は言った。そして続けて
「でも二階で聞いたのは間違いなくさっきの駐車場のほうの音だよ。
音の大きさが全然違う。よく気か付いたね。それにしても一体何の音だろう。さぁ、家に戻ろうか。」
といった。

二人は家に戻り、ユキはも一度眠りについた。
目が覚めた時、久しぶりに父親と口をきいたような気がするけれど
あれは夢だったのかと思った。
1階に降りると、朝食の準備をしながら父親が
「あの音、いつの間にかやんでるな。」
と言ってきた。

その時である。
ユキは突然理解した。
自分が言葉をなくした理由を。
ユキにはずっと何かを忘れている感覚があったのだ。
それを探すため、ここ数年
ユキは昼間は世界を眺め続け、夜は音に耳を傾け続けていたのだった。

「そうか、私は蛇だったのだ。」
ユキはそう理解すると同時に、小さな白い蛇へと姿を変えて
玄関をスルリと通り抜け、雨水マンホールの中へ飛び込んでいった。

真っ暗な雨水マンホールのなかで響く、自分をずっと呼んでいた水の音に身をくねらせて、ユキは下流へと力強く踊るよう泳ぎ始めた。
「そうか、私はもともと一人だったんだ。とすると父親だと思っていたあの男はいったいだれだろう?」
そんな考えは、泳げば泳ぐほど、泳ぐことに夢中になっていくユキの頭の中から徐々に消えていった。

リビングに一人残された父親は飲みかけのコーヒーを喉に流し込むとこう言った。
「やれやれ。やっと行ったか。」
そうして大きく身をよじると、大きな黒い蛇の姿となり、そのままとぐろを巻き始めた。そして大きなあくびを一つして、その蛇は山の姿になってしまった。
山からの湧き水が、地中のどこかでコッソリと雨水マンホールにつながり、白蛇のユキが海へたどり着くのを応援しているかどうかは皆さんの想像におまかせする。



物語をつくってみることを
すすめてくれた人に

初挑戦してみたので
薄目で読んでください🐣


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