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美しきかな鬼女紅葉

私が永く魅入られている話がある。

京都で名を馳せ、戸隠で生涯を終えたことになっている鬼女紅葉の話だ。

↑とても読みやすくまとまっている
月岡芳年の『平惟茂戸隠山に悪鬼を退治す図』は大好きでたまらない。
色仕掛けで近づく紅葉と目を合わさない平惟茂は、盃に映る紅葉の姿に鬼をみている。私の想像だが両者の力は拮抗している。そして私の妄想だが平惟茂は目を逸らしている時点で既に紅葉のことが気にかかっている。しかし自分がこの女にしてやれる最大の親切は、この女の息の根を止めてやることだと考えている構図である。妄想だ😛。


都からみた彼女の話と
戸隠に伝わる彼女の話は
まるで違う。

双方を突き合わせた中に
この女の妖しい魅力、
かなしさ、非道さ、仕方なさ、才能
才能の持て余し、情熱、どうしようもなさ、優しさ
全てが浮かび上がる。

鬼女紅葉は
鬼女といわれるに相応しい
激しい一生を生きている。

魅力の魅には「鬼」という字が
含まれている。
「鬼」というものは
「悪い」という意味ではない。
ただ、「鬼」なのだ。

彼女は戸隠の村で
どうしようもなく
力を増大させてゆく。

自分でも止められない。
両親の悲願でもあり、
彼女自身のプライドの象徴でもあり、
どうしても執着してしまう
かつて心を通わせた源経基との
記憶がどんどん彼女を狂わせる。

紅葉討伐のため冷泉帝から差し向けられた平維茂により、一家惨殺となるが鬼女紅葉にとってこれは、止められない自分を止めてくれるに相応しい相手と結末であったように思う。

討伐されてホッとしたんじゃないか。

私は鬼女紅葉が悪いやつともいいやつとも思わない。
ただ、愛と期待と悲しみと、
類い稀なる才能と数奇な運命と、
こんなはずではなかったという憤りと、苦しみと、少しは本当だったであろう優しさと
その全部(いやまだあるだろう)がとんでもなく濃密な凄まじい彼女の生涯をつくりあげた。

という感想だ。
そして何故だか、私の心を捉えて離さない。

生まれた時から死ぬまでずっと人から愛されて何の苦労も知らないで善人のまま生涯を終えたような女の話などより(そんなものは話にもならんだろうからないとは思う。)ずっと心に訴えかけてくる。

それは私がわりと退屈な部類の人生を生きているからかもしれない。

しかし私自身の才能からいうと、こんなどこにでも転がっているような人生であったとしても、私なりに幾分かは鬼女紅葉的なシーンを持っているのである。

他の皆さんも同じはずである。

まだまだやめられないな。
生きるってことをさ。

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