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”ありがとう”と感謝する豊かさ

私は以前、ある病院でAさんという患者さんをみていた。
今回、”ありがとう”と感謝することで人生は豊かになれる と学ばせてくれたAさんという患者さんについて書きたい。

Aさんはアルコール依存で肝臓にダメージを負っていたが、どこの病院にも行かれていなかった。ある日、Aさんが食事をまともに食べることができず、お腹も張っているのを心配したAさんの奥さんがAさんを私の外来に連れてこられ、それ以降、私が主治医としてAさんをみるようになった。

私はAさんを診察して、アルコール性肝硬変による栄養障害、腹水(お腹に水がたまること)を認めていたことからすぐに入院による加療が必要と判断した。

アルコール依存の患者さんは断酒により暴れたり、文句をいう方が多く、病棟ではあまり好かれていないのが実情。しかし、Aさんはいつもにこにこしていて、なにかするごとに「ありがとう」と感謝の気持ちを示してくれおり、病棟の看護師だけでなく配膳係、清掃係の人からも好かれていた。
Aさんは酔っ払ったら寝るタイプで、基本的には他の人に害をおよぼすタイプではなかった。(もちろん、奥さんには迷惑をかけていたが。。。)

私はAさんとの思い出で忘れられないエピソードがひとつある。
Aさんはこちらの説明内容を理解してくれており、治療にも前向きに取り組んでいた。ただ、困ったことは一つあり、Aさんの血管は脆く、かつ点滴が入りにくい血管だった。そのため、看護師では点滴確保は難しいと主治医の私によく点滴依頼をされた。私も医師になってからまだ日が浅く、点滴もうまいわけではなかったがなんとか頑張って点滴の血管確保をしていた。
一度、点滴の血管確保の失敗が何度か続き、冷え汗を流しながら四苦八苦している私にAさんが話しかけてくれた。
「この血管はどうだ?」
「手の甲や足の血管でもいいよ(血管はあるが、穿刺時の痛みが強い)」
「(血管が浮き上がるように)もっと力をこめて握ろうか」
「点滴が入りにくくて悪いな。痛みはアルコールで感じにくいから心配するな。」
「ライトを当てたら(血管が)見やすくなるかもしれないから、ライトを準備するよ。」
血管確保に格闘している私に、気遣いの言葉を常にかけてくれた。
何度も点滴を失敗して、腫れ上がって痛いはずなのに、そのような痛がる様子は全くせず、私のことを励ましてくれていた。なんとか点滴の血管確保に成功したら、いつものように笑顔で「ありがとう」と言ってくれたことを今でも鮮明に覚えている。

Aさんは肝臓の状態は芳しくなく、退院後も私の外来を通院されていた。
アルコールをやめるようにAさんに何度も説明し、断酒会やアルコール依存の病院への紹介もしたが、アルコールだけは結局やめることはなかった。

Aさんの外来診察日、私がAさんの名前を呼んだら、いつもはAさんと奥さんが一緒に入って来られるが、その日はAさんの奥さんだけが入ってこられた。
どうしたのかと聞いたら、Aさんはいつものようにアルコールを飲んで、リビングでそのまま寝ていたが、朝に奥さんがリビングに行ったときにはAさんは亡くなっていたようだ。

Aさんの奥さんは手紙を見せてくれた。
いや手紙ではなく、外来予約票に”ありがとう”と震えた字で書かれた紙を見せてくれた。もしかしたら死を意識した直前に書いてくれたのかもしれないと奥さんが見せてくれたのだ。

いつもAさんは「ありがとう」と言っていた。
主治医の私だけでなく、病室に来る看護師、清掃係のスタッフなど全員に。

医者は患者さんの治療を担当することで知識や経験を頂き、そして仕事ができるようになっていく。患者さんの診療、治療から多くの知識や経験、知見を経験させてもらう。

患者さんからは「ありがとうございます」と言われ、言葉では「お大事に」と返しているが、心の中では、”私も経験させていただき、ありがとうございます”と返している。

豊かさは人に感謝し続けることで得られる。
Aさんは飲んだくれていたが、奥さんは仕事をして、Aさんのサポートを懸命に続けていた。(暴れるタイプではなかったおかげかもしれないが。。。)

Aさんはアルコール依存で急逝された。他の人から見たら不幸な人生のようにはみえる。しかし、Aさんは最後まで好きなアルコールを飲んで、愛される家族に囲まれて人生を全うしたと考えることもできる。
してくれなかったことを批判するのではなく、してくれたことに感謝し続ける。
Aさんはそんな人だった。

Aさんはいつも”ありがとう”と言うことで人生を豊かにしていたのだと思う。
私はAさんと出会い、医師として”ありがとう”と日常から言うことの大切さを学んだ。

”人生の豊かさは人に感謝し続けることで得られる”



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