新型コロナウイルスに関係する内容の可能性がある記事です。
新型コロナウイルス感染症については、必ず1次情報として 厚生労働省 首相官邸 のウェブサイトなど公的機関で発表されている発生状況やQ&A、相談窓口の情報もご確認ください。※非常時のため、すべての関連記事に本注意書きを一時的に出しています。
見出し画像

移動の習慣と自分主人公物語からの解放

人間がいかに過去、現在、未来という直線的時間軸の概念や、その認識がもたらす自己意識や因果の物語に囚われて生きているか。「時間とテクノロジー」ではそのような常識に疑問を投げかけつつ、テクノロジーがそれらの認識を変えていくだろうと予言している。

長らく外部の文明と接触がなかった民族や古代の神話の話などから、直線的時間軸の認識、その時間軸の中に自分が存在しているという自己意識、そこから生まれる自分主人公の物語思考。これらは必要に迫られて人間が後天的に身につけたものである可能性を本書は示唆している。

ある人間が生きていくのに十分食料が確保できる小さな集落で生まれ、そこで人生を終えるなら、現代人より遥かにシンプルな思考で生きていけるだろう。毎日同じ森や川で食料を確保することで生命を維持できる日常に現代人のような自分主人公の物語思考は必要だろうか?

実際には古代の人類はそのような恵まれた環境にいた者は多くはなかっただろうし、人類が定住を始めたのは長い人類史の中で比較的最近らしく、それ以前は移動生活をしてきたようだ。そのような生活は現代人には想像しにくいが、食料を確保して今日を生き延びる日常が続くなら、自分主人公の物語思考は生存のための機能としてそれほど貢献しないように思える。実際、他の動物はそのような思考なく生きている。

自己意識は生き延びるための機能で、自分は実在しないという話を受け入れがたい人は多いかもしれない(仏教には馴染み深い考えだが)。それでも自己意識が消える瞬間があることを誰しも体験できるはずだ。本書にもあるように、海風を受けながら海辺を満ち足りた気分で歩いている時など、自然を肌で感じたり見惚れるなど知覚は働き手足も動いているが、自己意識は消えていることがある。立ち止まって「そろそろ帰る時間だ。明日は仕事だ」とでも思考を始めた途端に自己意識が戻ってくる。

現代人は高度な文明社会で生きており、直線的時間軸に沿って消費しなければならないタスクが現在から未来に積まれている。タスクをこなさないと落伍者に転落する可能性もある。直線的時間軸認識と自己意識という機能がないと、生き延びることが困難な環境に私たちは置かれているのだ。

進化論の自然選択的に考えると、人間の機能は生存競争に有利に働くものがふるいにかけられて残ったものだと考えることができる。つまり自分主人公の物語思考は生存競争で有利な機能だったから現代人が身につけている、と考えることもできる。

私はこういうふうに考えることに抵抗がないのだが、それでも本書にある「二分心」という仮説には「これは・・・さすがにトンデモ仮説では?」と戸惑った。実際にはこの本を読んだ時にではなく、それ以前に著者のメルマガに同じ話が紹介されていて、その時に思ったのだが。(ちなみに著者の佐々木さんも奇書なので引用するか迷ったとツイートされていた)

その仮説は「神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡」という本に書かれているという内容で、かつて人間に自己意識はなく、頭の中に常に神の声が響いていて、その声と会話することで思考を成り立たせていた。つまり脳内神の命令で人々は行動していたという。現代では統合失調症にその痕跡を留めている・・・という仮説である。

古代の神話も含めてその仮説を展開しているのだが、どうもしっくりこなかった。しかし、本書で改めて読み直した時、私の母親の認知症が進んでおり、その症状と重なることもあり、もしかして・・・と、その信憑性を考え直すようになった。

認知症の進行が進み記憶力が衰えると、いつどこで何をしたのか忘れてしまう。これは直線的時間感覚が失われるということだ。そのようになった母親は「おながすいた」「トイレに行きたい」「寝たい」とか生理的な欲求は今まで通り口にするが、「私はこう思う」「私はこうしたい」といった自分の意思を主張するような会話が少なくなっていった。つまり時間軸認識が失われると同時に自己意識も弱まったように見えるのだ。

そして時間軸認識の衰えが目に見えて進むと同時に「誰かが話しかけてくる」と目を閉じ意識を集中するようなそぶりで、お告げのような妄想を語るようになった。家族の誰が亡くなったという不吉なものや、近くの木にお金が埋まっているというから取りに行かないといけないというものだ。それから半年くらい経つと、お告げのような妄想はなくなったが、自分の頭の中の誰かと会話する独り言を言い続けるようになった。

これは時間軸の認識や自己意識を司る機能が働かなくなったことで、かつての原始的な脳?にある二分心の機能が復活したということなのだろうか?・・・と、最初は疑った仮説について考えてしまうのだった。

この仮説では神の声が聞こえなくなったのは人間社会が複雑になったからだという。確かに人口が増えて人間社会が複雑になると人間同士の対話がより重要になる。人々は社会の一員という形で仕事が与えられるようにもなる。そこには自己意識や物語も伴うだろう。

このような人間の時間認識の話やテクノロジーがその認識をどう変えていくか諸々の話の後に、著者は直線的時間軸に沿った因果の物語からの解放を説く。

人間の世界認識はxyzの空間座標軸とtの時間軸で構成されているが、現代人はt軸ばかりに囚われて生きる因果の物語の囚人であると著者はいう。xyz軸の空間に視線を向ければ、世界のありようはまた別の姿を伴って現れてくるのではないかと。

私自身この数年でt軸の縛りから解放されたように感じているので共感できる話だ。きっかけは私が住んでいる街から電車で1時間圏内の飲食店巡りをすることと、月1回は1〜2泊の一人旅行を習慣化したことだ。

移動範囲が狭いのは母親の介護もある中の制限だが、気の向くままに街を歩いたりレンタサイクルで移動したり、ふらりと飲食店に入りお店の人と世間話をしたり。ノマドライフとまではいかないが、こうした習慣はxyz座標が固定されがちな日常に「ささやかな解放感」を与えてくれるのだ。

私の記憶力があまりよくないのもあるが、あちこち行っていろんな人と話してると、いつ誰と話したのかはっきりしなくなってくる。そうすると元々あまり気にしない方だが、今まで以上に人にどう思われているかを気にしなくなった。気がついたら自分語りみたいなこともあまりしなくなっていた。これは直線的時間軸に出来事を並べられず、物語を作りにくくなっているからだと思う。

移動するということはxyz座標の値を変化させるということだ。これらの値が変化するとtの値の変化は相対的に小さく感じるようになる。つまり物語の中の自分=自己意識も小さくなって、自分のことをあれこれ考えなくなっていくのだろう。

xyz座標をあまり動かさないからt座標のプラス一方通行の伸びばかり気になり自己意識が膨らんでいく。ブッダが生涯旅を続けたものt軸上の自己意識に囚われないためというのもあったのかもしれない。t軸は煩悩軸と言えるかもしれない。

自分主人公の物語思考をやめても、達成感や幸福感が失われて虚無化してしまうことはない。これは私のように小旅行の習慣化をすれば、大抵の人は実体験できると思うのだが、腰が重い人はゲームをするならマインクラフトで遊んでみると体験できるのではないかと思う。

画像1

マインクラフトにストーリーはない。明確な目標もない。それでもその自由さゆえにやることはいくらでもあるので、日々やることに事欠かない。新たな土地への旅、アイテムの収集、村の拡張、外観の整備、生産を効率化する設備の建築などなど・・・

こうしたらこうなるといった因果の法則はあるが因果の物語はないマインクラフトは世界中に多くのファンがいる。多くの人間は因果の物語から距離をおいても人生を楽しめるようにできていると思う。古代の人類も物語のない日常に達成感や喜びを得られることはあったはずだ。

ちなみにマインクラフトのブロックでカクカクの世界に染まると高台からのカクカクの風景やカクカクの夕日に思わず見とれてしまうことがある。景色に見とれるといった空間認識がもたらす喜びも、同じ場所にとどまり因果の物語に囚われると忘れがちである。

画像2

マインクラフトのような明確な目標がなく何でもありなゲームをサンドボックスゲーム(砂場遊び)と言うが、かくあるべきで縛られがちな現実世界も実際はサンドボックスだと思う。少しでもいいから現実のxyz座標も動かしてみるのだ。そしてもっと空間を意識するように自分を仕向けてみる。そうすると小さなことに囚われていた自己意識を俯瞰的に見られるようになるし、いくらか心の自由を取り戻すことができる。以下、時間とテクノロジーからの引用。

選択の余地があることが自由なのではなく、過去も現在も未来も、他者も機械も外界もすべてを全身で味わい、生きられるということに自由というものの意味は変わります。

本書で予測されているように自動運転車の普及で移動コストが下がり、VR技術の進化(解像度の向上)が現実と仮想の区別をなくしていくと、自分主人公の物語思考の価値観から新しい価値観への転換が起きそうだ。

・・・と、新型コロナウィルスのパンデミックが始まる直前にこれを書き、なんだか移動を煽るような内容を上げづらくなってしまっていた。母親は老人ホームに入居したので在宅介護も終わり、今まで以上に動けると思っていたが、2ヶ月間、旅はおろか外出も自粛することに😭

第二波の恐れもあるが、ソーシャルディスタンスやマスク着用、入店時のアルコール消毒なども広まり、停滞した経済を回していく動きになってきたので上げることにした。感染には十分に気をつけつつ一人旅を再開したい。リモートワーカーなので人が少ない平日に旅できるのは強み😄

画像3

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
お読みいただきありがとうございます!
5
地方都市の在宅プログラマ。受託案件とアプリ自主制作で食いつないでます。在宅介護が終わり10年ぶりに一人暮らしに。でも老人ホームの支払い大変&コロナ不況到来。ウィズコロナ時代を在宅ワークの多様化で生き抜こう。 https://twitter.com/roba4coding
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。