小池亮介
私が「神山まるごと高専」に参加する理由
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私が「神山まるごと高専」に参加する理由

小池亮介

みなさん、初めまして。神山まるごと高専で広報を担当している、小池亮介です。

「テクノロジー×デザインで、人間の未来を変える学校」
こんな大それた学校設立の計画と、私との出会いを紹介したいと思います。

自己紹介
まず、自己紹介から。
私は、神奈川は横須賀に生まれ、ちょっと行けば海岸が見え、ちょっと行けば山の中。という自然豊かで、のんびりとした場所で育ちました。4人兄弟の末っ子で、なんとなく甘ったれていても、許されてしまう。そんなポジション。
両親はどちらも教育関係。片方は特別支援学級の教員。もう片方は、特別支援学級に関する研究者。そんな教育家庭で、さぞ厳しく育てられて・・・
というとそうではなく、帰りの遅い両親を横目に、マイペースに過ごしました。

そんなマイペースな末っ子は、我が道を行き大学・大学院と進み、就活をせずにふらついていたら拾われたPR代理店でPR/広報活動の奥深さに触れて、のめり込み、今は「出会いからイノベーションを生み出す」をミッションに掲げる、Sansan株式会社という会社でPR/広報を担当しています。ここまでが私の半生です。

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神山まるごと高専との出会い
神山まるごと高専との出会いは、2019年3月ごろ。Sansan社長の寺田からの一言でした。

「学校の広報、やりたくない?」

最初は、何が何だか。
「私、今ITベンチャーの広報やっているんだけど。。」と喉元まで出かかりました。

聞けば、20年ぶりの新設高専。しかも、これまでの学校とは一線を画し、技術教育の他に、デザインや起業についても扱う。しかもそのフィールドは、あの面白い神山町。
この面白いプロジェクト。自分が広めずに誰が広めるのか。そう思いました。

広報に従事する人間には「いい物を、世の中に広めていきたい」というDNAがあります。それを広めるのは自分でありたい。というエゴも。
PRパーソンとしてのDNAがうずいた瞬間でした。

最初に取りかかったのは、「神山まるごと高専の構想発表」
記者発表会を、2019年6月21日。徳島県神山町で実施しました。
ちょうどその2日前、2019年6月19日に、Sansanはマザーズへの上場セレモニーを実施したこともあり、ドタバタした中で、徳島入りしたことを覚えています。
記者発表会では、事前に声かけをしていた徳島のメディアの皆様。東京から招待した複数のメディア様にお越しいただけました。そのあとのプレスリリースの反響は、凄まじいものがありました。

その後の、学校長募集、学校長・技術教育統括ディレクターの決定、教員の募集といったリリースの配信や日頃のメディアからの問い合わせを行っています。

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私が変えたい人間の未来
人間の未来を変えるなんて、本当に大それたテーマを掲げています。

私は「変えたい人間の未来」を考えるとき、どうしても「変えることができなかった過去」を思い出してしまいます。

それは、過去の自分の無力さとの対峙で、社会の重さに疲れてしまった大事な友人に、かけられなかった声、差し出せなかった手への後悔です。

もっと未来を切り開けるような力があったら、この後悔はなかったのにと、本気で思います。

なので、高専のみんなには、目の前のことに全力で取り組み、後悔を過去に残さないような。そんなスキルと経験をして欲しいなと思います。

祖父のやりたかったこと
そしてもう一つ。この高専に携わるときに思い出している人がいます。祖父です。

祖父も人生の後半を教育に身を捧げた人でした。
横須賀の私立高校の理事長として、それまで女子校だった高校を共学にしたり、学校の場所を移設したりしていました。

祖父は、2016年に亡くなってしまったのですが、亡くなる1年ほど前に語っていた夢が忘れられません。
「秋田の国際大学のような大学を、横須賀に作りたいんだ」
80も後半だった祖父が語った夢。

場所も学校のスタイルも異なりますが、学校を作るという祖父の夢を、自分の人生の中で体験できるのであれば、一つ。祖父孝行というか、孫として生まれてきた意義や意味もあるのかなと思っています。

長くなってしまいました。
こんな私ですが、この企てに参画したくなってもらえるように、これからも神山まるごと高専の動きが皆さんに伝えていければと思います。

2023年まで、多分あっという間。
よろしくお願いします。

小池亮介


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小池亮介
Sansan株式会社と神山まるごと高専のPR/広報をしています。