【小説】昨日の私へ。
「おめでとう。」
そう小さく呟いた言葉は、彼の背中に、見えない粉雪のようにそっと触れて音も立てずゆっくりと溶けていった。
彼は周りからの友人の祝福に笑顔で手を振りながら、隣を歩くドレスの女性に声を掛け、優しくエスコートしている。海外の宮殿をイメージした白い壁と、彼の着る濃いグレーのタキシードが対照的で良く映えていた。
「いいなあ。」
思わずそんな台詞が頭の中で反響して、その直後に罪悪感と虚しさが全身を包んだ。
そもそも何で私はここにいるんだろう。
彼とは長い時間を共に過ごした。たぶん、期間だけで言えば、あの純白のドレスに身を包んだ女性よりも。
仲の良い友達の一人と言えばそれまでなのかもしれない。
でも。
隣に座っていた友達が、こっちを振り向いて耳打ちしてきた。
「ほんとアイツにはもったいないぐらい綺麗な人だねー。」
「ほんとだねー。」
自分でも驚くぐらい無機質の声だったが、気にも留めなかった。
「でも、なんか意外とお似合いのカップルって感じ。」
そう答えて、手元にあったメニュー表に目を落とした。
「あ!ねえ、今日のメイン、ステーキだよ!お昼軽めにしてよかったね!」
心の中に積もった埃の山を蹴り飛ばした。
その結婚ちょっと待った!なんてリアルで言う人居るのかな。バカじゃないの。両親の目の前で奪い取って、そんな夫婦が応援されると思う?そんなヤバい奴に盲目で付いて行く女もどうなんだか。幸せになれる訳なんかないじゃん。そもそも籍とかどうすんのよ。あーあ、どうせ飲み放題なんだし、好き勝手飲んで帰ろ。
会場の入口で貰った、聞いた事も無い横文字のカクテルを口にした時、高砂席に座り、一礼した彼がゆっくりと右から左へ、会場全体を見渡していた。一瞬だけ目が合った気がする。そんな事を思った自分にも嫌気が差して、また頭が重くなった。
正直、式中の事はあんまり覚えていない。それはアルコールのせいという事にしておく。
クロークで荷物を引き取り、会場を出ると、さっき同じテーブルに座っていた数人の友達が待ってくれていた。
「近くに美味しそうな焼き鳥屋さんあったから二次会そこでいい?」
私は大きくサムズアップのポーズをした。
「うん!行こ行こ!」
「まだ食べんのかよ!」
笑いながら、私たちは人混みの中へ歩みを進めていく。
「おめでとう。」
今度は心の中でそう呟いた。
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