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タイタンと呼ばれた女 2話「兵隊と私」

Ritsuko Kawai

人生で思い出せる限りもっとも古い記憶。原初の自分を、懐かしいと心に抱ける人間は幸せでしょう。私の物語は祖父の暴行から始まります。あのときの風景、彼の表情、そして私の心に生じた変化。すべての舞台装置が、記憶というリプレイボタンを軽く念じるだけで、いまでも実写映画のように動き出します。

生まれて初めて他人から向けられた憎悪の矛先が、まだ穢れを知らない小さな器を鋭く貫いた瞬間、意識が大きくてどす黒い闇に包まれて、すべての感性がじんわりとまんべんなく汚された気分になりました。その時の自分を思い出す時、私は痛みも、悲しみも、怒りさえも感じることはありません。ただ、私の中で何かが壊れたことへの喪失感があるだけです。

「君の中には兵隊さんがいて、いつも君を守ろうとしているんだよ」

それは、後に私が通うことになった児童相談所のカウンセラーの言葉でした。砂が敷き詰められた小さな箱庭の中に、マスケット銃を持った兵士や色とりどりの恐竜の人形を並べて遊ぶ私に、その初老の男性職員は人形を指さしながら言いました。まるで私が考えなく砂場に設置したキャラクターたちが、私の心にぽっかり空いた穴を埋めるために選ばれた戦士であると、そう指摘するかのように。

また、私に樹木や林檎の絵を描かせた際には、木の葉っぱが一切茂っていなかったり、林檎に虫が這っているわけでもないのに一部がかじられていたり、何気ない特徴を熱心に観察していました。いま思えば、それらは私が失った何かを象徴するサインだったのかもしれません。

ある日を境に重度の強迫性障害で学校へ通えなくなった私にとって、児童相談所で週に一回面会する初老のカウンセラーだけが、肉体世界に血の通った友人であり、私の行動を裏で支配する正体不明の衝動と共に向き合ってくれる味方でした。

当時の私は極度の潔癖症で、よだれを垂らしたり鼻をほじったりしている男子生徒を見かけるだけで、近寄ることも息をすることもかなわないくらいの恐怖に怯えていました。彼らが触った机や椅子、彼らが通った道、彼らの名前に使われている文字にすら穢れを感じ、挙句の果てには彼らの住まいがある方角を向くことすらできなくなったほどです。

また、それらのタブーを犯してしまった際には、自分の中にいる番人からきついお仕置きを受けました。視線を一点に集中しながら、まぶたが痙攣するまで力強く瞬きするという、支離滅裂な儀式です。それは耐え難い重責でした。

何よりも辛かったのは、そうした自分の中で巻き起こる魔物たちの宴のことを、もっとも身近にいて私を愛してくれる両親に理解してもらえなかったことです。伝える術すらありません。よしんば上手く説明できたとして、そんな狂気に満ちた子供の戯言に果たして耳を貸したでしょうか。

学校にいけないから友達に会えない。話し相手がいなくて寂しい。周りと違う生活を送る自分に対する両親の視線が気になる。そんなことは些末な不満でした。どうでもよかったのです。とにかく私は怖かったのです。自分の心の中で、身の毛もよだつ鬼人たちが私の行動を完全に支配し、そして肉体的にも精神的にも苦痛を感じさせる懲罰を強要してくる日々が。誰にも助けを乞えない孤独と絶望が。いまでも思い出すだけで背筋が凍ります。

どうして私はこんなにも辛い毎日を耐え抜いて、それでも生きていかなければいけないのか。そんな疑問は不思議と抱きませんでした。まだ幼く、自殺もしくは崩壊する術を知り得なかったという不可抗力もありますが、私が盲目に魔物の宴で踊り続けた潜在的な理由は、その衝動の根源にあったのです。

「君の中には兵隊さんがいて、いつも君を守ろうとしているんだよ」

私のカウンセラーは、その鬼の正体は私自身を守るために生み出された兵隊だというのです。幼くして祖父から受けた深い心の傷が、私の無意識に働きかけているのだと。傷口を覆う粘膜のような防衛本能が、私の中に夜叉を生んだのです。同じ痛みを避けるため、あらゆる不潔を遠ざける拒絶反応。恐怖心を和らげるために執り行われる懺悔の儀。それらすべては、私の心が私を守るために生み出したというのです。免疫とは時に人を殺すものです。

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Ritsuko Kawai
ライター・ジャーナリスト。カナダで青春時代を過ごし、現地の大学で応用数学を専攻。帰国後は塾講師やホステスなど様々な職業を経て、ゲームメディアの編集者を経験。その後、独立して業界やジャンルを問わずフリーランスとして活動。趣味は料理とPCゲーム。ストラテジーゲームとコーヒーが大好き。