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トンネルを抜ける / Day21 あなた、元気になったわけ?

   約14年くらいの付き合いになる男友達と映画を観る。精神的なことが影響し、痩せたり太ったりを繰り返す繊細な男子、みっつんと新宿で待ち合わせた。みっつんは学歴も申し分なく、そういう部分以外でも頭が良過ぎてネジが飛んでいるから、突飛な行動と発言が多い。その予測不可能なことが私をいつも疲れさせるけど、一方で、他の誰よりもそれを私は楽しんでいると思っている。映画は、デザイナー、マルタン・マルジェラ のドキュメンタリー。私は彼のクリエイションが好きというより、当の本人が語るという構成に興味津々だった。前評判のバズが結構私の周りでは凄かったので、私は自分が誘って約束している日にちのチケットが取れなかったらシャレにならない...と思い、発売開始のすぐ、つまり夜中にオンラインで予約をとった。

   みっつんにいくつかその日の時間の候補を投げかけたが、全然返事がこない。みっつんは編集者のくせにSNSが大嫌い。ラインも他の連絡ツールも全く既読にならない。で、私は夜の時間を予約しかけた時、変なタイミングで「昼の時間が希望だ」という返事がきた。で、私は予約しかけたという夜の画面のタイミングをハタと見ると、もうポチリとしてしまったようで(これホント無意識)、なんと夜と昼2回分を、しかも2人分を予約してしまった...。アホ...。

   そんなことはもちろんみっつんに言っても仕方がないので、我々は映画が始まる1時間半前くらいに喫茶店で待ち合わせて、お互い仕事をしながら時を過ごした。PC越しにみっつんが一言ポツリと言った。「ねぇ?あなた元気になったわけ?」。

  みっつんは、わくさんと別れた直後の10日後くらいに最初に会った男友達だった。よく登場するあっこちゃん曰く「女友達だけに話を聞いてもらうより、男友達にも聞いてもらった方がいいよ」という理由と、わくさんがいた時も変わらず我々は兄弟のように連絡を取って会う中だからというのもある。まだそれなりに取り乱している私を見ても、みっつんはお約束のポーカーフェイスを崩さなかった。いつもの口調で「僕は何年もあなたを見てるけど、あなた、いい仕事とかしてるんだから、彼と別れた、とかいいじゃない。もうそれは」。

   物凄い慰めて欲しいとか、そういうのもなかったけれど何も変わらない口調にその時は驚いたというより、年下とは思えないしっかりしたものを感じた。そして今日の「あなた元気になったわけ?」という言葉は、ポーカーフェイスで感情をあまり出さない人の「実は心配していた」という気持ちの端的な表現に思えた。私はキーボードを叩きながら笑顔で答えた。「もちろん!元気になったよ」。

   ちなみにポーカーフェイスのみっつんだが、自分自身の中の心の葛藤は常にあるようで、また太ったと嘆いていた。物腰穏やかで、囁くようにゆっくり話すみっつんの心の中は、表に出ているものとは全く真逆。常に何かに対して疑問を持ち、怒りにも満ちている。若い頃からそれは持ち味とも言えるが、時にそれは自分の身体も痛めつける。自分のことで手一杯な人が発した「私を心配していたかもしれない」発言は、なんだか嬉しくもある。だが一方で「不安定な弟を見るような気持ち」は何年経っても変わらない。きっとそれがお互い良いのかもしれないね。


   





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