食いしん坊がキッチンに立つとき
めっちゃ食いしん坊。キッチンの主が母親だった思春期からこっち、食エッセイを読むのが大好きだ。味の詳細を書かないくせにやけにおいしそうな池波正太郎、博覧強記な(でもけっこうウソもついている)伊丹十三、辻静雄、桐島洋子、團伊玖磨、湯木貞一、玉村豊男、荻昌弘、石井好子、開高健、とくれば牧羊子、森瑤子の小説もいい、大好きな高橋睦郎さんの本も。枚挙にいとまがない。筆力のある人たちの食エッセイはとてつもなくおいしいごちそうだ。
ということで、今日は「料理の四面体」玉村豊男著 をご紹介したい。
玉村豊男は食いしん坊なだけでなく、料理する人であり、高じて長野に引っ越して畑で食材を作り、ブドウを育ててワインを作り、料理や食材の絵を描き、食器を作り、ついにはカフェまで作ってもてなそうという食のつわものだ。
この本には、作る人の視点から書かれたおいしそうなエッセイがどっさり詰まっている。それはさながら読むレシピ。
まず8つ。アルジェリア式の羊肉シチューにはじまった料理は世界をかけめぐって最後には豚肉の生姜焼きとなり、そして調理の視点から見ればその8つは同じ料理に等しいというのだ。そしてローストビーフを中心にローストが7つ、てんぷらの視点であげもの7点、マリネってサラダ?とナマモノ19点、スープとお粥で11点。
作る視点から見たどっさりの食エッセイを読んだ後がいよいよ本論。そもそもたくさんの料理を俯瞰すれば、料理の構造は四面体ですべて説明できるのだという。ちょっとだけネタバレ。
底面を生として3つの頂点は空気、水、油。高さの軸は火。生の肉が水の中でボイルされて料理になっていく。さて、茹で肉のソテーは?はい、水の中で茹で上がっていく。そして、水から取り出すと、茹で肉を生の底面に戻して、油の頂点から加熱の辺を上がっていく。いやはや大発見。ほら、読みたくなるでしょう?それまでのたくさんのエッセイも、この構造にあてはめながら読みなおしたくなる。
この本を読んでから、わたしは料理のレシピを手順としてではなく構造として見るようになった。もちろん味つけとか素材選びとか、技術がついてきたわけではないからわたしの料理の腕があがったわけではないが。そして、構造がわかると、レシピの意味がわかってくる。そして…レシピも読み物になるというわけだ。レシピの構造を拝借して素材や調味料を入れ替えたり、調理法をずらしてみたり、自分の料理がひろがっていく。
ビーフシチューの牛肉を豚肉にし、ジャガイモを里芋にし、マッシュルームをしいたけにしたらそれはビーフシチューではなく、豚肉のシチュー。ちょっと芋煮にも似ている?それはまったく別の料理だけれど、ひそかにビーフシチューのレシピのオマージュだったりする。そして、多分おいしく食べられる。
さあ、キッチンに立とう。頭に四面体を思い描きながら冷蔵庫を探る。今日の晩御飯はなあに?
この文章は、「本棚の本を紹介する Advent Calendar 2020」に参加して書いた。アタマの写真はわたしが1983年に買った文春文庫。
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