見出し画像

鳥と船乗り

船乗りが置いていった かごの中の鳥は
まだ小さいのに しゃがれた声でよく鳴いた
その鳴き声が珍しいと
ウワサがウワサを呼んで
毎日、かごの周りは人だかり

ひと声鳴くたびに
「こんなしゃがれた声は聞いたことがない」
と誰かが言い 人だかりが沸いた

しばらく経ったある日
その鳥はぷっつりと鳴くのをやめた
声をかけても 揺らしてみても
まったく声を出さなくなった

人だかりはあっという間に消え
静かな店の中に
静かな鳥がいる平凡な日常がもどってきた


そんなある日
あの船乗りがふたたびやって来た
鳥を連れて行こうとするので
鳴かなくなった理由を尋ねてみた

「声だけがトシを取っちまって
先にあの世に行ったのさ」
船乗りは事もなげに答えた

船乗りの言葉は奇妙だったけれど
「そういうものか」と
妙に納得させられた

僕も自分の中のどこかに
先にトシを取ってしまって
“先にあの世に行ってしまう部分”があるのかもしれない
そう考えると、ちょっとコワくなった

そして、僕のどこかがあの世に行ってしまったら
例の船乗りがもれなくやって来て、僕を回収していくのだ

そんな秘密に不用意に
素手で触れてしまったような気がして
僕は誰にも気づかれないように身震いをした

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?